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「ーーバカなっ!!」
アシュフォードが病んだ身体をいとわずに轟きを上げた。
「何て事を言うんだ!
お前のおばあちゃんはな、英雄なんだ。
先の戦争ではお前のおばあちゃんが居てくれたから、俺たち『開拓民』は実質勝利することが出来たんだ!」
アリスが言ったことではないのだが、彼女を責めるように怒鳴り付ける。
先の戦争ーー。
数十年前に起きた『開拓民』と『星頂人』の大規模な戦い。
当時はより被虐な弾圧にもとれる体制を敷いていた星頂人に対し、開拓民が自らの存在意義を賭けて反乱に乗じたのである。
その戦いでは後に『平原の女王』と呼ばれるマーサ・ジェーン・カナリーは、星頂人に体制を改める和平を提起させるという、開拓民側の実質的な勝利に大いに貢献する。
アシュフォードことゼニス・ドマ・センチピードがマーサの相棒として名を上げたのもこの時である。
またマーサは戦いのさなか、数十・数百という同胞たちの危機を救ったのだという。
その時彼女は仲間に降りかかった災厄を救った者として、『カラミティ・ジェーン』と呼ばれるようになったとされる。
災厄から皆を救い、更には勝利をもたらした英雄、カラミティ・ジェーン。
だが本人はそうは思っていなかった。
戦争の勝利など結果論。
たまたま良い方向に道筋が開けていただけに過ぎない、と。
また同胞を救ったという話も、救った数以上に犠牲者も出していた。
またマーサのいる部隊は特に抗争が激しかったのだという。
敵から狙われるだけの力を有していたということもあるが、結果的には災厄を招き、多くの同胞の命を散らした。
戦争だから犠牲はつきもの、と言ってしまえばそれまで。
だがマーサは晩年までその事を悔やみ、まだ幼かった自分に聞かせてくれたとアリスはアシュフォードに聴かせた。
アシュフォードはそんなもの、マーサのせいではないと反論する。
祖母を必死に擁護してくれるアシュフォードにアリスは笑顔を見せたが、すぐにそれも陰ってしまう。
今度は彼女のこの八年の旅を短く話し始めた。
そしてその内容こそがマーサの言うことを裏付けていたのである。