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「アリス・・・俺の最後の頼みだ」
「止めてください、最後の頼みだなんてーー」
「俺の代わりにマリアの側にいてやってほしい。
いつまでもとは言わない。
少しの間でもいいんだ。
マリアは君を気に入っている。
俺も、君がいてくれるなら安心できる」
強く懇願する瞳がアリスに突き刺さる。
やはりーー。
アリスは答えを待つ視線を受けながら思った。
アシュフォードはアリスにここにいてほしいと願っていたのである。
己の末期を悟り、
アシュフォードはおそらく無意識にアリスを自分の代わりに見いだしたのだ。
アリスは自分に最期を伝える存在であると同時に、気がかりであるマリアに幸せをもたらす、何らかの遣いにも見えたのだろう。
確かにアシュフォードに残された時間は短い。
それはこの病気について知識をもつアリスにはよく分かる。
アシュフォードがいなくなればマリアも深く悲しみの淵に落ちるだろう。
その時、側に誰かいるかいないかでは大きな違いだ。
しかしーー。
「ーーごめんなさい。
それは出来ません」
少し間を置きはしたが、アリスの答えは決まっていた。
アシュフォードは空を見るように正面へ視線をずらす。
「そうか・・・」
表情にこそ出さないが、落胆した雰囲気が見て取れる。
「あたしもマリアのことは好きだし、
この町の人も・・・きっと好きになれる。
町の人にもあたしを好きになってほしい。
でもーー」
『あたしはここにいてはいけない』ーー。
アリスのその言葉にアシュフォードは思わず声を荒げた。
何故そんなことを言うのか、と。
するとアリスはアシュフォードを鋭く見据えた。
「あたしの血は・・・『ジェーン』の血は呪われています」
「呪われてる・・・だと?」
「・・・おばあちゃんが言ってました」
祖母・マーサは生前、アリスに言い聞かせるように言っていたという。
もし将来、旅に出るなら一つの場所に長く留まってはいけない、と。
何故なら『ジェーンの血』はその場所に災厄を招くからだという。
災厄を招くジェーンの血、
それがすなわちマーサ・ジェーン・カナリーの、『平原の女王』と並ぶ異名である、『カラミティ・ジェーン』の由来なのだと。