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正直に言えば逃げる者にとって、赤子など足手まといでしかない。
しかしながらアシュフォードは、朽ち果てた町に独り残されていたその子を見捨てる事は出来ず、
連れて逃げるようになったという。
やがて彼は決意した。
この拾い子を『マリア』と名付け、自分の手で育てようと。
「人に・・・飢えてたのだな。
マーサと別れてからの俺は・・・誰も愛することが出来なかったし、誰からも愛されようとも思わなかった。
だがそうやってみるみる落ちぶれていく生き方は、寂しかったのだろうなーー」
その時の自分をまるで第三者として捉えるようにアシュフォードは語った。
その中でアリスはマーサに対するアシュフォードの、いやゼニスの伝えられなかった気持ちを垣間見た気がしていた。
「マリアのお陰で生きる希望が蘇った。
マリアを立派に育て上げるという人生の目標を持つこともできた。
マリアと出会ったあの日が・・・俺の第二の人生の始まりだったのだ」
数奇な運命で出会ったという親娘。
アシュフォードに拾われなければそのまま小さな命を散らしていたかもしれない。
しかし現実はそんな過去を感じさせないほどマリアは一人の女性として立派に成長を遂げたのだ。
最初は衝撃の事実に驚いたアリスも、ここまで聞いた時には嬉しそうに目を細めていた。
すると不意にアシュフォードは身体を起き上がらせた。
まだ寝てなきゃ、というアリスの声を無視して彼女に強い眼差しを向ける。
「アリス・・・俺は、マリアに対して、親代わりとしての務めを果たせたのか、それは分からない。
だがな、俺がこんな身体になって・・・そんな時にマーサの血を引くお前が現れたことーー、
俺はそれが偶然ではないように思えるんだ」
死は恐ろしい。
アシュフォードは語る。
自分に迫り来る死神の手は恐怖だと。
だがそれ以上に怖いのはマリアを一人遺して、自分が死ぬこと。
もう大人とはいえ、こんな世の中にマリアは果たして幸せを掴めるだろうか。
そんなことを考えると夜も眠れないと。
そんな中で現れたアリスという、かつての相棒と瓜二つの顔を持つ少女。
もしかすると既に天命を全うしたという相棒が寄越してくれたのかもしれないーーと。
アリスはただ動かず、そんなアシュフォードの『希望』に黙って耳を傾けていた。
だが重いその言葉に彼女は圧力を感じているように、何かに耐えるように強く目を閉じてもいた。