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「その薬はアリスの指示で作ってもらったそうだな?」
ベッドの脇の小さな丸テーブルの上に置いてある薬の残りが入った、紙の包みを指差しながら、アシュフォードが聞くと、アリスは黙って頷く。
何故、そこまで血砂病について詳しいのかを更に訊ねると、アリスは目を反らした。
「・・・お父さんが同じ病気でした」
アリスの父もまた血砂病を患ったのだ。
アリスが住んでる地方はまだ紅砂の影響が少なかったが、出稼ぎに遠方に出掛けた際に、患ってしまったと語る。
その時を思い出したのか語るのも辛そうなアリスの態度。
その時に幼いアリスは父の看病をしていたというが、恐らくその努力が実を結ぶことはなかったのだろう。
薬に必要な薬草は彼女の祖母・マーサがその知識を授けたのだという。
アシュフォードが気を遣い、その話しは途中で打ち切られた。
「ーーでもアシュフォードさん。
その薬はあくまで苦しみや痛みを和らげるだけのものです。
いずれはその薬も・・・効かなくなるでしょう」
「・・・そうか」
今はアリスの応急処置が効いて、病気も小康状態となっている。
だがそれもあくまで一時的だという。
アリスの薬が効かなくなった時。
恐らくその時こそがアシュフォードにとって覚悟を決める時となるのだろう。
アシュフォードは目を閉じた。
死期が近い事を悟った彼はその内に何を思うのか。
「こんなこと・・・聞いてもいいのか分かりませんけどーー」
「・・・なんだ?」
「マリアのお母さんはーー?」
それはアリスが常々気にしていたことだった。
マリアの母親はどうしたのか。
ここにいないという事は、アシュフォードとの仲が壊れたのか、あるいは死別かーー。
いずれにしても聞きにくいことではあるから、アリスは今まで敢えて聞かなかったのだ。
アシュフォードはしばし口を接ぐんだが、やがて語る決心をつけたように真実を語り始めた。
「マリアは・・・俺の本当の娘ではない」
衝撃の事実にアリスは驚愕せずにはいられなかった。
前に語ったアシュフォードがマーサと別れた後の話の延長上にその真実はあった。
賞金稼ぎに狙われるようになり、町を転々としていた彼が、一時期、廃墟の町に身を隠していたことがあったという。
その時、当時赤子だったマリアを拾ったのだそうだ。