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「ーーありがとう、アリス。
あなたがいなかったらどうなってたか・・・」
「・・・ううん。
あたしがしたことは応急処置だけだし」
アシュフォードの部屋、その扉の前。
桶に入った水を取り替えると言って部屋の外に出たマリアを追って、アリスも出ていた。
落ち着いて、普段の笑顔を取り戻したマリアとは対象にアリスの表情には未だ陰りがある。
「それよりもさっきは・・・ごめん。
ほら、ひっぱたいちゃったし・・・」
「ううん。
気にしないで。
あれが無かったら私、落ち着けなかっただろうし・・・アリスの言葉も、心強かったよ」
殴ったことを未だ後悔しているらしいアリスに、マリアは笑顔のまま応えた。
アリスの気持ちは伝わっている。
マリアの眼差しはアリスに対する信頼で満ちていた。
しかしアリスの陰りの原因はそれだけではなかった。
問題はアシュフォードの容態である。
それをいかにマリアに説明するか。
アシュフォードの患っている病気の正体。
それを知っている者として娘のマリアに何と言えばいいのかーー。
アリスの頭の中では未だにそれがまとまらずにいたのだ。
「ーーねぇ、アリス?」
「え?な、なに?」
「アリスが探してる人は見つかったの?」
アリスは戸惑った。
まさか今、そんな事を聞かれるとは思ってもみなかったからだ。
「探し人が見つかって・・・用事がすんだら、
やっぱり故郷に帰るの?」
「え・・・」
「私たち、まだ出会って日は浅いけど・・・私はアリスのこと好きだし、これからも一緒に過ごせばもっと好きになれる、って思うの」
「マリア・・・」
「ずっとこの町にいてくれたらーー」
アリスは胸が締め付けられる思いだった。
嬉しさと共に激しい後悔が襲う。
どうしてこんなに深く関わってしまったのだろう、と。
これまでの旅で、様々な町を渡り歩く中で知ったはずなのである。
そしてその度に同じ思いをしてきたのだ。
アリスはマリアの好意に何も応えることは出来ず、まるでマリアの視線から逃れるように目を反らすだけだった。
そんなアリスの様子から何かを察したか、マリアは悲しげに微笑んだ。
「ーーご、ごめんね!
アリスを困らせるつもりはなかったの。
あ、私、お水変えてくるから、アリスはお父さんに付いていてあげて」
「そ、それなら私が行くよ」
「ううん、私じゃあ何かあった時に何もできないから。
アリスに看てもらってる方が安心できるの」
それだけ言うとマリアは桶を持ってその場から離れる。
その背中はどこか寂しげだった。