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「ーー決めた。今から話をしなきゃ」
濡れた水を拭ったあと、アリスは気合いを入れるように両の頬を叩く。
そうして立ち上がり、酒場の方へ戻ろうとした。
「ーーっ!」
その時、アリスは家屋の物陰にある気配を感じ取り、鋭くその場所を見据えた。
だが普通の何かがいる程度の気配では、アリスはここまでの反応は示さない。
明らかに不気味な、ただならぬ狙いを秘めた、そんな気配である。
アリスは反射的に身体が動き、短パンのポケットから金貨を取り出し、それを低い姿勢から指で強く弾き飛ばす。
すると低空を這うような軌道で金貨は鋭く空を切る。
柵の下を抜けた金貨はアリスの感じた気配の下部分へ飛来し、そして狙い通りに何かに命中した。
その証拠に不意に訪れた激痛に、喘ぐ悲鳴が聞こえたのである。
「ーーよしっ!」
ーー恐らく足に命中した。
同時にアリスの足が駆け出す。
自分からその正体を確かめるつもりなのだ。
だが駆け出したその時、彼女の耳が僅かに響いたある聞き慣れた金属音を聴き取る。
ーー撃鉄を起こす音。
ここでもアリスは自分の無意識な反射行動に委ねた。
地面を踏んだ足を無理矢理に止め、前に行こうとする勢いをそのまま横へと流す。
ーーその刹那、火薬が弾ける音が鳴り響いた。
だが間一髪、アリスの反射行動が間に合い、すでに右へ転がった後である。
その直後、発射された弾丸は何もない地面をえぐった。
地を転がったアリスは素早くうつ伏せに受け身を取り、地面に張りつくような姿勢を取る。
そして腰に手を伸ばそうとしてあることに気付いた。
「(ーーしまった、部屋に置いたまま・・・っ!)」
唇を噛むアリス。
彼女が取ろうとしたもの、それはいつもならベルトのホルダーに納まった拳銃。
しかし束の間の平和な暮らしに、敢えて提げておくこともないとホルダーごと部屋に置いてきたのだ。
ーー不覚。
アリスは己の不遜を嘆いた。
地面に張り付いたこの状態で、追撃されたら厳しい状況に追い込まれる。
代わりにまだポケットに何枚か入っていた金貨を取り出してそれに備えるしかなかった。
「・・・?
退いてくれた・・・?」
しかしここはアリスに運があった。
敵が遠くへ走り去るのを聞いたのである。
アリスは意外な敵の行動に驚きながらも、内心胸を撫で下ろした。
暗い中を深追いするのは危険と見たか、あるいはアリスが銃弾に当たって転がったと錯覚したか。
敵の思考は分からないが、アリスは辺りに警戒を配りながらもゆっくりと立ち上がった。