P39
「・・・すぐそこの酒場の店主を尋ねな」
「酒場?」
「ああ。
そうすれば直ぐに分かるよ」
ランディは眼を閉じると、短くそう教えた。
素っ気ない態度は変わらずだが、嘘を言っているようには見えない。
「・・・ありがとう、ランディさん」
教えてくれた事に、穏やかな笑顔でお礼を伝えるアリス。
しかしランディはそれ以上、何も言わなかった。
そんな彼女に対して更に一礼すると、アリスは踵を返した。
「・・・待ちなよ、嬢ちゃん。
忘れ物だよ」
カウンターに置かれたままの血石の入った布袋を指差しながら、ランディが引き留めた。
「それは情報料。
あたしが持っていても仕方ないし、取っといてください」
「見くびるんじゃないよ、このランディ・アートネットを。
知り合いの情報と引き換えに物は受け取らないよ」
「・・・やりにくいなぁ」
信念に厚いランディにアリスは思わず苦笑いで応える。
仕方なく後で売買するという約束の元に、ランディに一時的に預ける事になった。
引き取るか売るかしない限り、この町からは出さない、と釘も刺されたのだった。
ーーそしてランディの情報の元に、アリスは酒場へ辿り着いた。
他の建屋と比べて、横に広く敷地をとっている。
『Gunner,s siesta』。
直訳すれば「銃使いの安息」、と言ったところか。
さっき別れたマリアはここで働いているのだろうか。
ただそれ以上に気になったのはその異様な程の静けさだ。
アリスの感覚からすれば普通、夜の酒場と言えば昼よりも賑わいを見せるはずである。
「みんな不景気なのかな・・・? それとも・・・」
アリスが静かな夜の酒場と等しく気にしていたもの、それは酒場の目の前に止まっている馬車である。
十数人は乗れるだろう充分な広さを持った大きさと、いかにも豪勢を強調するかのような派手な装飾。
縄に付けられた馬が二頭、主人の帰りをじっと待っている。
町の雰囲気にあまり合っているとは言えないその馬車の持ち主とは一体何者なのだろうか。
「はぁ・・・なーんか、またトラブルな予感・・・」
馬の額を軽く叩きながらアリスが呟く。
何となく感じた予感。
その予感が得てして当たってしまう事をアリスはこれまでの旅の中で幾度も経験してきた。
馬のいななく声を聴きながらアリスは苦笑いを見せる。