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ーー意識を失った男はそのまま崩れるように地面へ倒れる。
何が起きたのか全く見えなかったもう一人の男は、ナイフを地面に落とし腰を抜かしたように後ろに座り込んだ。
ナイフを持って立ち向かっても、敵わないと本能的に悟ったか。
「大丈夫よ~、多分死にはしないから」
「・・・た、多分かよっ?」
「でも半日は目覚めないと思うから、早く連れて帰ってあげなよ?
・・・はぁ」
何故か落ち込んだ様子のアリスに言われて、残った男は這いずりながら仲間へと近づき、
ぐったりとした身体の両手を持つと、体格差により完全には背負えないものの、足を引きずりながら一所懸命に歩いて去ろうとする。
「あ、ちょっと」
「ひぃっ・・・?!
な、なんだよ?」
「目が覚めたらゴメンね、って謝っといてね」
男は返事にならない返事をして何処へ去っていく。
それを見守ったアリスは、地面に落ちたマントを拾って軽く叩くと、再びそれを羽織った。
「あ、あの、ありがとうございました!」
すると遠くから一部始終を見守るだけだった女がアリスに近づいてきた。
「あぁ、お礼なんていいの。
あたしが勝手に手出して、のしちゃっただけだから」
「凄いキックでしたっ!
もう本当にカッコよくて・・・私、今になって興奮してきちゃっ て・・・」
女はアリスの見事な蹴りに強く感動しているようで、初対面に関わらず興奮を全面に押し付けてくる。
しかも自分を助けてくれたとも思っているのだろう。
しかし実際はアリスの言うように、勝手に横から口を挟んで喧嘩を売った結果に過ぎないのだった。
「それよりもさ、あなたは何であいつらに追われてたの?」
「えっと・・・それはーー」
「あ、待った。
やっぱ言わなくていい」
「え?え?」
「だってさ、もしあんたが悪いことしてあいつらに追っかけられてたんだとしたらさ、
あたしってば罪のない人を足蹴にして、悶絶させたってことになるんだから~っ」
「あ、あの~」
「だから何も聞かずにあたしも去る。
じゃあね」
「あっ、ちょっと・・・」
アリスは葛藤していた。
何故なら何も事情を知らない話に首を突っ込み、
挙げ句先に手を出したとはいえ、一方を蹴っ飛ばして気絶させてしまったのである。
もし追われる責任が女の側にあるのだとするなら、アリスの行動は完全な迷惑行為だ。
そこでアリスは決めた。
ならば最初から最後まで事情知らない第三者であろうと。
そうすれば少なくとも自分の中の罪の意識はこれ以上増長する事はないのだから。