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ーー夜の大地。
月明かりの穏やかな光が、黄土色の地も濃い青に染め上げていた。
いつしか下には道のような舗装した跡が見られるようになり、アリスはそれを辿るようにして歩き続ける。
ゆっくりだが確実に目的の町が近づいているというのに、彼女のペースは一向に上がらない。
まるで辿り着くことに躊躇いがあるかのようだ。
「なんか緊張するな・・・」
自然と独り言が漏れだした。
何かに自信が持てない・・・そんな表情である。
8年。
彼女はある探し物を求めて旅をしてきたのは前に話した通りだが、
それを目前にして緊張しているという事か。
これまでの旅の一応の集大成と考えれば、確かに緊張するのも無理はないのかもしれない。
とはいえ長い間探し続けてきたものである。
それがもうすぐ目の前に現れようというのに、足が伸びないということにアリスは戸惑いを覚えているようだ。
それは自分の中で心の整理が付き切れていなかったという事、
すなわち探し物を見つけた時、自分はもはや『運命』から逃れられないという事だ。
「おばあちゃん・・・」
ふと足を止めて夜空を見上げるアリス。
思いに馳せたのは彼女の祖母。
家族を思うのは不思議なことではないが、アリスにとって祖母の存在は特に大きい存在であるようだ。
夜空の一点の星を探すように動く瞳。
・・・寂しく切ない視線だ。
「ううん、あたしがやるんだ。
あたし以外にやれる奴なんていない」
ボブと話している時もアリスは同じ事を言った。
自分にしか出来ないと。
今もそう。
自分に言い聞かせるように。
奮い立たせるように。
アリスは吹っ切るがために頭を振ると、再び前を見据えて足を前に出そうとした。
「きゃあっ!」
「う、うぇ?
おっとっと・・・」
そこへ不意に正面から誰かがアリスの胸に飛び込んできた。
まず女らしき悲鳴が上がり、すぐ後にアリスが少し間の抜けた驚きの声をあげながら、自分の胸に飛び込んできた誰かを受け止めた。
「あ、ご、ごめんなさい、前を見てなくて・・・」
「え、あ、うん。
あたしの方こそぼーっとしてたから、あはは・・・」
薄汚れたベージュ色のチュニックに同じ色のロングスカート、エプロンを身につけた、栗色の髪の長い女性。
年はアリスと同じくらいだろう。
そばかすが特徴的であり、やや童顔の可愛らしい娘である。
ぶつかってしまった事を謝るその女性に対して、アリスはしどろもどろな返事をする。
考え事をしていたところに突然ぶつかってこられたわけだから、軽く動揺しているようだ。
しかし動揺しているのは目の前の女性も同じであるらしかった。