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ーーだが。
無情にもティアマトーはそんなアリスの想いには応えてはくれなかった。
トリガーを引ききったにも関わらず、弾は発射されなかったのだ。
「しまーーっ」
ーーしまった。
アリスは思わずそう言いかけて言葉を詰まらせる。
そう、弾切れだ。
ティアマトーが銃弾を撃ち出すにはあるものが必要不可欠である。
それは『災厄の血』。
アリスがティアマトーを使う際に『リロード』と称して管から血液を流す行為がそれである。
アリスはその度に一定量、自らの血をティアマトーに流し込んで、その性能を発揮していたわけだが、その量を使い果たしてしまえばまた『リロード』しなければならないのは通常の銃の装填と同じである。
あろうのことか、この土壇場でティアマトーは『血切れ』に至ったのだ。
「り、リローーっ!」
動揺しながらもそう宣言しようとするも、この隙をヴァージニスは逃さない。
地を蹴った足でアリスの腹部に強烈な足蹴りを見舞わらせる。
「ぐ・・・ふっ!」
まるで内臓を潰されるかのような衝撃。
血反吐混じりの逆流物がアリスの口から吹き出かける。
一方、ヴァージニスは蹴った勢いを利用して突き刺さったファフニールを一気に引き抜いてしまう。
アリスは当然のように腹を抑えながらその場でへたり込んでしまい、身体を小刻みに震わせる。
激しく咳き込み、地面には彼女が撒き散らした吐露物。
文字通り悶絶しているアリスに、ヴァージニスは距離を空けると、
ジャケットの裏側に備え付けてある鉄で出来た瓶状の物、すなわち爆弾を手に取る。
ジャケットの裏側にはまだ二つ、同じものが装備されている。
ヴァージニスは再三、これを敵に投げつけては銃で撃ち抜き、爆破という荒業を見せている。
通常ならば自らも巻き込まれる可能性が高いが、『超高速移動』が使える彼女は即離脱が可能なのだ。
アリスに対してもその爆弾で葬ろうというのか。
だがアリスにはもはや避ける体力はおろか、ヴァージニスの行動に対して反応する気力もない。
「ヴぁ・・・ヴァージニス・・・っ」
最後の気力。
それはもはやアリスの意識を繋いでいるだけのわずかな力。
その僅かな気力で首をもたげたアリスの瞳に映るは、狂気に囚われた悪魔の微笑み。
動けない自分にわざわざ爆弾を使ってその命を絶とうという残虐・醜悪。
肉親の手によって行われようとしているそんな非道に成す術のないアリスは、最期の時を覚悟しながら無念、悔恨の念に満ちた表情を見せるだけだった。