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「ふぅ・・・」
まずほっと胸を撫で下ろすアリス。
しかし結構な距離をかなりのスピードで走ったはずだが、特に息が上がっている様子はなく、疲れている様子もない。
華奢な身体つきからは想像もできないが、それなりに鍛えているという証だろうか。
「ーーやぁ、アリスの姐さん!
待ってたよ」
内部へ入ったアリスは薄暗く狭い通路のような場所にいた。
すると通路の先から姿を現したのは、上下灰色のつなぎを着込んだアリスよりも更に若そうな青年。
油による汚れなのか、そのおとなしい顔も含めて全身が黒く汚れている。
手に工具をいくつか握り込んでいるが、何らかの作業をしているのだろうか。
その割には体格はそこまで丈夫そうではなく、どちらかといえばスマートである。
「ボビー・・・、全く危ないとこだったよ~」
「あはは、姐さん災難だったね~。
さ、こっちに来て休んでってよ。
親父も待ってるからさ」
「うん、ありがと」
アリスを『姐さん』と呼ぶ人懐っこい笑顔を見せる、ボビーという名の青年。
アリスも緊張をほぐした表情を見せていて、互いの話し口調から見てもどうやら気心知れた仲のようだ。
ボビーの促しで通路を奥へと進み行くアリス。
ただでさえ一人通るにもやっとな狭い通路にはあちこちに壁の出っ張りや、乱雑に投げられた物が散在して、薄暗いのも合わせてかなり歩きにくそうだ。
それでも先導してくれるボビーと他愛ない雑談をしながら進むと、
アリスの目の前に部屋が広がった。
十五、六人入れば一杯になってしまうだろうその部屋。
壁にいくつか照らされたランプの灯りのおかげで今までで一番明るい箇所ではあるが、同時に鉄の壁についた汚れやどうみてもゴミにしか思えない散乱物も浮かび上がる。
部屋の奥には何らかの装置が並んでおり、見ただけでは判別し難い操作盤のようなものもある。
不自然な形状のこの建物といい、未だこの場合が何であるかは分からないが、
周囲に充満している鉄や油の臭いと合わせてアリスもどこか馴れた様子である。
「親父ーっ!
アリスの姐さんが来たよー!」
誰もいない部屋に向かってそう呼びかけるボビー。
すると鉄の地面の下から叩くような音が鳴る。
「ーー今、手が離せねぇ。
終わったら行くから酒でも飲んでくつろいでてくれ」
そして地面の下から聞こえてくる野太い声。
聞こえにくいのかボビーもアリスもしゃがんで耳を立て、何とかその内容を聞き取る。