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地に落ちた盾は、まるで大地を震わすような震動と、重苦しくけたたましい音を響かせながら転がる。
一体、何キロの重さがあればそのような事になるのか。
そんな白銀の盾を、ジャンヌの細い左腕が軽々と持ち上げる。
特別、筋肉がついているわけでもない彼女の細腕のどこにそんな力があるのだろうか。
アリスは空恐ろしいものを感じ、緊張の色が濃くなる。
「ーーお前たち開拓民は何かを決めるとき、しばしば『決闘』等というものを執り行うようだな?」
「それが・・・何?」
「ふん・・・下らないしきたり、と言ったところだがーー。
今回はジェーンの血に敬意を評して、お前に合わせてやろう」
「合わせるーー?」
ジャンヌは盾を持つ身体の左側面を前に出すようにし、やや中腰風に足を折って構えを取る。
巨大な盾はジャンヌの身体をまるごと覆い隠してしまうような大きさであり、向かい合うアリスからは彼女の全体像が見えづらい。
「ーー我が名はジャンヌ・フォン・ベガルタ!
・・・一対一の決闘だ。
ジェーンの血を引く者の力ーー見せてもらおうか」
一対一の決闘ーー。
数の兵を持ちながら、まさかというジャンヌの申し出。
だがジャンヌの口振りから察するに、ここで敢えて待ち伏せたのは最初からこうするつもりだったのかもしれない。
その証拠にアリスは盾の内側から発せられるジャンヌの強い気合いを肌で感じていた。
「ーーどうしても戦うんですか。
こんな決闘なんて必要ない・・・。
さっきも言った通り、あたしとあなたの目的は同じなんですよ?」
「共闘でもしようと言うのか?
馬鹿な・・・私にはお前の力など必要ない」
「奴は、あたしが一人で責任持って決着をつけます!
奴はあたしが倒さなくちゃいけーー」
「御託はいい。
どちらにしてもお前がジェーンの血を引く者である限り、私にとっては倒すべき敵だ」
「ーーどうしても・・・ですか?」
「くどい。
悪いが私は自分より弱い者に命令されるのが嫌いでな」
やはり、というか説得は無駄だった。
元よりジャンヌはアリスより有利な立場である以上、説得に応じるはずもない。
むしろ自分を含めた全員でアリスを討ち取る事が出来るところを、敢えて一対一の戦いにしようというのは、ある意味それだけで大きな妥協である。
戦いを避ける道など最初からない。
アリスも最初から覚悟をしていたとはいえ、出来るならお互い無駄な血を流さない平和的解決が出来ればーーと、甘い考えを持っていた。
だがジャンヌは言葉などでは動かない。
もはや己の力を誇示する以外、道は開かれないのである。