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「忠告を聞いてなかったのか?
奴は私が倒すと言ったはずだ」
「悪いけど、あたしにも退けない理由があるの」
「・・・なんだ、その理由とは」
「別に話す必要なんてない」
「図に乗るなよ、娘。
お前の道はもはや袋小路。
そしてお前の命運、生殺与奪は私の手に握られてるのだからな」
ふと上げられたジャンヌの左手。
それを合図に周りの兵が一斉に撃ち方に入った音が鳴り響く。
あとはもう一つ合図を下すだけで、一斉に無数の銃が火を噴く事になる。
「あたしは構わないわよ。
ただしやるからにはあたしも簡単には死なないからね」
アリスもその右手にティアマトーを握らせ、胸の前に構える。
それを見たジャンヌの右後方にいた副官・グレッグスも反射的に懐から拳銃を抜き、アリスに向ける。
だがその副官の銃口をジャンヌが遮った。
同時に上げた左手の指で何かの合図を示しながら、その手をゆっくり下ろすと、一度は撃ち方に入った周りの兵もそれを解除した。
「ーーその白銀に輝く短剣・・・やはりお前もあの『災厄の血』を持つ者か」
その声が響くと副官が驚くような表情を見せた。
『災厄の血』を持つ者、すなわちカラミティ・ジェーンの血を持つ者。
忌み名として伝えられるカラミティ・ジェーンの血を継ぐ者が目の前に現れたのだから、副官が驚いたのも無理はない。
「ーー娘、名はなんという?」
「・・・アリス。
アリス・ジェーン・カナリーよ」
不意に名前を尋ねられて、アリスも素直に名乗るか一瞬、考えたようだが、
かなり事情の深そうなジャンヌに対して、この期に及んで隠しても仕方ない、と素直に名乗る。
するとその名を聞いた兵たちがざわざわと声をあげ始めた。
ジェーン・カナリー。
カラミティ・ジェーンの本名であるマーサ・ジェーン・カナリーは言わば伝説的な名前だ。
任務中は無駄口を叩くなどあり得ない隊員たちが、思わずざわめくのだから、その名は星頂人にとってはやはり畏怖の名なのである。
「ーー静まれっ!」
だがそんなざわめきもジャンヌの一喝で終息する。
言われた本人でないアリスも何か痛みを感じたかのように、構えは維持したまま表情だけを歪ませた。
「ジェーンの血を持つ者、アリス・・・か。
ーーいいだろう。
私も無為に兵の犠牲を出すことを潔しとはしない。
何よりわざわざここでお前を待ち構えた意味がない」
ジャンヌがそう言うのと同時。
槍と一体化していた盾が突然地に落ちた。