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投擲しようとしたナイフがその前に弾き飛ばされた。
そして同時に襲う激痛に、クリークは手を押さえながら顔を強く歪ませる。
彼の地に転がるのはーー金貨。
「あいたた・・・これは一体どういうことでしょう」
「残念でした」
「おかしいな・・・マルガリータさんの毒は最低でも数日は動けない強力な痺れ毒のはずなんですけど・・・」
アリスの手首の形を見て、金貨を飛ばし、己の手首に命中させたのだ、とすぐ理解する。
だがアリスは痺れ毒によって動けないはずで、なぜそんな行動を取れたのかがクリークには分からなかった。
「このティアマトーの力よ」
アリスは痺れなどまるで感じさせず、颯爽と立ち上がると、クリークにティアマトーの切っ先を突きつけた。
「ティアマトーの不思議な力はね、こうして持っている限り、あたしの身体を少しずつ癒してくれるのよ。
切り傷だろうと、毒だろうと、ね」
「な、なんですか、それ・・・は、反則じゃないですか、あはは・・・」
「少しずつだけどね。
でもあたしとあんたが話している間にゆっくりと治させてもらったわ」
「すごぉい、お姉様!」
そういえば、アリスはクリークと話している間も決してティアマトーを手放さなかった。
それはティアマトーの不思議な力によって、自らの傷を癒すためだったのだ。
リリィは思わず歓声を上げた。
「さぁて、クリークさん?
実力行使とか言ってたわよね?
さぁ、奪ってごらんなさいよ」
「うっ・・・あ、あはは・・・」
今度はアリスが見下すように笑いながら、更にクリークに切っ先を近付ける。
クリークは身を引きながら、汗を交えた苦笑いを見せる。
「あたしのこと、頭が悪いとか言ってたよね?
あたしの聞き間違いかな?」
「あはは、いやだなぁ、冗談ですよ、冗談。
本気にされたら困りますよ」
「あらあら、どうしたの、さっきの威勢は。
遠慮しないでかかってきなさいよ」
「あ、あはは・・・意外と意地悪な方なんですね、アリスさん」
アリスが一歩出るとクリークが一歩引く。
クリークは動けないアリスを倒すつもりだったのか、動けるようになった今ではもはや戦意を無くしたようだ。
「もう一度、宣言しておくわ。
このティアマトーはあなたたちにも、誰にも渡さないっ!
おばあちゃんの形見は、あたしが命懸けで守る。
元老院、って人たちにそう伝えるのね!」
「あぁ、はい・・・すいませんでした。
せっかく手柄を立てられると思ったのに・・・慣れないことはするもんじゃないですね」
決意を高々と表明したアリスに、クリークは降参、とばかりにあっさり敗けを認めてしまう。
浮かべる愛想笑いには、もはや威圧的な雰囲気は隠れてはいない。