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「(この異様な痛み・・・まさか、毒をーー?)」
「さっそく効いてきたな。
このナイフには強力な痺れ薬が塗ってある。
時期に全身が麻痺して動けなくなるだろうな」
マルガリータと名乗る襲撃者が言うように、既にアリスの身体は蝕まれ始めていた。
最初は強く痛んでいた患部がやがて急激に薄まり、同時に己の一部で無くなったかのように、弛緩した左腕がぶらりと下がる。
「あ、あんた、一体・・・?
いつからあたしの事をーー?」
突然訪れた危機に焦りながらも、右手に短剣形態のティアマトーを握らせるアリス。
しかし既に全身に廻り始めた痺れ毒により、アリスは態勢を維持することすら困難になり、その場に座り込んでしまう。
「ーーお前がこのノース・フロンティアに踏み入ってからずっとだ。
機を見て貴様の命を奪い、その白銀の銃剣を頂くことが私の任務」
「そ、そんなーーっ!」
アリスはマルガリータの言葉に驚愕させられる。
ノース・フロンティアに辿り着いた時から見張られていたーー?
自分はそれにずっと気が付かなかったというのか?
今もそう。
敵が攻撃をしてくる段階になって初めてその気配に気付いた。
アリスは己の迂闊さを激しく悔いた。
こんな危険な存在を背後に置きながら、まるで気が付きもしない自分にーー。
「覚悟しろ、アリス・ジェーン・カナリー。
もはや指一つまともに動かせまい」
じりじりとにじり寄るマルガリータ。
ティアマトーは何とか握ってはいるものの、力は入らずまして振るうことなど出来るはずもない。
「(あたしの名前も・・・このティアマトーの事も知ってる・・・。
こいつ一体・・・?
セット・エトワールって・・・)」
近付くマルガリータから逃げようとするも、身体は全く言うことを聞いてはくれない。
アリスは絶望した。
長年追い続けてきた者を前にしながら、こんなところで果てるのか、と。
たった一度の油断。
それが自分のこれまでを全て否定し、無に帰してしまうのかーー。
マルガリータはついにアリスの眼前に迫った。
「ーー我が一族に恥辱を与えた憎きジェーンの血を引く者。
今こそこの私がその息の根を止める!」
「い、一族・・・っ?」
「ーー死ねっ!」
「(お、おばあちゃんーーっ!)」
迫るナイフ。
絶対絶命のこの状況ではアリスもただ祈るしかなかった。
だが祈ったところで、どうにかなるはずもないのはアリスだって分かっている。
あるいは死を目前にした覚悟でもあったのかもしれない。
ーーしかしその祈りは通じた。