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ーーアリスもまた着実にジャンヌを追っていた。
ただジャンヌが既にアリスの存在に気付き、むしろ待ち構えているという事実は知る由もない。
だが、最悪ジャンヌと対決する覚悟もアリスはしていたのだ。
ーー相手は兵隊数十人と『ベガルタの剣』。
もしまともに戦えば勝つのは難しい。
だがどうなろうとも、この先に『奴』がいるという、既に確信めいた予感がある以上は足を止めることなど出来なかった。
元よりその本命も、無傷で勝てるような相手ではないのだから。
たとえここで命を落とすことになろうとも、災厄の連鎖だけは必ず食い止めるーー。
アリスは固くそう誓っていた。
たださしものアリスも今の自分と、先を行くジャンヌたちの位置関係がどうなっているかが曖昧だった。
あるいはジャンヌは既に『奴』と遭遇しているのではないだろうか。
だが前方からは不穏を伝える物音は今のところ聞こえない。
こんな一本道の坑道、誰かが争えば必ず何かしらの音が響くはずである。
少なくともそれがない以上はアリスは自分のペースを守り続けていた。
ーーそんな時である。
背後からの冷たい殺気をアリスは感じ取ったのだ。
今まで気配など何も感じなかったからまさかという思いだったが、
アリスの鍛え上げられた反射神経が自動的に身をかわす。
同時にその横を何かの影が横切り、アリスは左の二の腕に固い何かに擦られる感触を味わう。
急な事にバランスを取りきれず、壁に身体を打ち付けてしまうアリス。
そして同時に襲った左腕の痛み。
「ーー斬られた・・・っ?」
アリスは回避し切れなかった。
マントの中で右手を患部に当てると、その手は自らの血で濡れている。
回避し切れなかったとはいえ無駄ではなく、かすり傷で済んだようだ。
「ーー誰っ!?」
壁に身を預けるようにしながら正面を見ると、そこに誰かが立っていた。
するとそこにいたのは黒い布を顔に巻き付けて、右目だけを除き素顔を隠した、男か女か分からない誰か。
だが黒いマントを羽織るその体つきからどうやら女であるようだ。
マント以外は胸と局所を覆うのみで、他は素肌を晒している。
顔の前に構えた右手には刃渡りが長く、奇妙な形状をしたナイフのようなものが握られている。
「ーー私は『セット・エトワール』の一角、マルガリータ」
「セ・・・セット、エトワー・・・ル?」
そう名乗った正体不明かつ、突然の襲撃者。
妙に痛む傷口を庇いながらアリスはそう反復する。