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「あっ・・・」
ふと前を見ると、彼方に何か建物のような影が見えた。
アリスは地図を取り出して、スタート地点、自分が進んできた方角を確認する。
「ーー間違いない。あそこが『災厄』が過ぎ去った場所・・・」
アリスは何度か頷きながらそう呟くと、唇を強く噛んだ。
そして無意識に駆け出す足。
「あ、お姉様ぁ!
お、置いてかないで下さいよぉ!」
不意をつかれたリリィも慌ててその後を追う。
しかし無意識に全速力で走るアリスの脚力に、リリィは付いてはいけない。
走ることで急激に近づくその当初の目的地。
そこはほんの一、二週間前までは『町だった』場所であった。
その全容が視界で窺えるところまで来てアリスは足を止めた。
荒野の大地を歩き続けてきて突如表れるその無惨な景色に、アリスは強く歯を噛み締めた。
「ーーひどい・・・っ!」
そこにあるのは黒く焼き焦げた無数の残骸、それが奥に向かって続いている。
地図を見るとその場所には町があるはずだ。
名は『グリームヒルト』。
だが今はもうない。
そこに在ったもの全てを入り交えたような黒い残骸の塊が無情に屍として晒されるのみである。
「ヴァージニス・・・っ!」
吐き出すようにアリスはその名を呟いた。
町をこんな無惨な景色に変えた犯人の名を。
ーー数日前、イースト・フロンティアのとある町でアリスは流れ者と出会った。
一週間と少し前、自分が住んでいた町を焼き尽くされ、命からがら自分だけが落ち延びてきた、と。
恐怖に焦燥しきったその時の表情。
『それ』から逃げるためにその者は家族と共に町を出て、広大な砂漠を数日、一週間近くかけて渡り抜き、このノース・フロンティアからイーストフロンティアまで辿り着いたというのだ。
だが厳しい環境の砂漠を渡る中で自分以外に四人いた家族は次々と力尽き、その流れ者も町へ着くや、この事を言い残して倒れた。
普通ならば近くの町に助けを請うところを、砂漠を横断して大陸を跨いで逃げるという選択をさせたその凄まじい『恐怖』。
彼は言い残した。
やったのは『黒い刃を持つ少女』である、と。
アリスは偶然その場に居合わせ、彼を治療してくれる施設へ運んだあと、すぐにこの場所を目指した。
そしてようやく今、自分はそこに立っている。
倒れた彼が言っていたことは本当だった。
確かにこの地を『災厄』が駆け抜けていったのである。
炎に撒かれたという町。
それによって全てを焼き尽くされた炭だけが残る町。
もはやそこで人々がかつてどんな生活をしていたのか、それを知ることは出来ない。