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「ーー災厄をもたらす女、カラミティ・ジェーンの血よ」
『カラミティ・ジェーン』ーー。
それは星頂人にとっては忌み名であった。
かつて星頂人と開拓民の戦争において、星頂人が有利な戦況を作る中で、
それをたった一人の女傑が全てを覆してしまった。
漆黒・白銀の二つの刃を携える、戦場に咲いた一輪の乙女。
開拓民たちが『平原の女王』と英雄のように称える一方で、
星頂人は畏敬と畏怖の念を込めてこう呼んだ。
すなわち『災厄をもたらす乙女』と。
「ば、馬鹿な!
か、カラミティ・ジェーンだと?!
そ、そんなはずは・・・ない!」
パリストが指からの出血を床に滴らせながら、大きく後ずさる
ーーカラミティ・ジェーンがここにいるはずがない。
何故なら彼女が活躍した戦争は数十年も前、パリストがまだ少年か青年の時代に終結している。
生きているならかなりの高齢のはずだ。
にも関わらず目の前の少女は、せいぜい、十代後半から二十代前半と言ったところだ。
カラミティ・ジェーンであるわけがないのだーー。
ーーその時、ふとアリスの背後で立ち上がる者がいた。
それは一番最初に顔を踏みつけられた足を庇う男。
踏み倒されたまましばらく動けなかったのだが、今になって背を見せるアリスに、息を潜めて持っていた銃を向けようとしていたーー。
しかしアリスが、いや、カラミティ・ジェーンを名乗る者はそんな寝首をかかれるような事はない。
一つため息をついたアリスは、顔の横に銃口を上にして構えていたティアマトーを、身体はそのままに手首の動きだけで銃口を背後に向ける。
男がそれに気づくやいなや、その引き金は引かれ、発射された弾丸はその男の胸に命中した。
信じられない・・・そんな言葉を伝えるような表情で男は膝を下り、そのまま倒れた。
「さてーー、残るは一人」
アリスがパリストに銃口を向ける。
一際朱く輝く瞳が標的を捉える。
「ば、馬鹿が!
私はこの地区の統括官だ!
その私を撃てば、ただでは済まんぞ!」
「へぇ・・・、
あなた、割りと偉かったんですね」
「撃てるものか!
私を撃てば、お前は我々星頂人が誇る『星頂守護機関』に一生追われるんだからな!」
「そう。
ま、そんなことはこれから死ぬあなたには関係ないことですけどね」
パリストが脂汗を滲ませながら必死に脅し染みた言葉を繰り返すが、アリスの人指し指には関係なく徐々に力が込められていくーー。
「は、ハッタリだ!」
「災厄を生む者にーー」
「は、ハッタリーーっ」
「更なる災厄をーー」
その言葉と共に引き金が引かれーーパリストの意志は弾けた。