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ある艦たちの話

 昭和十六年十二月、日米戦を回避した日本海軍は戦時建艦計画を急遽改める事となる。

 そして既に船台やドックで起工されている艦を除き大型艦の建造を取り止め、一部の艦は売却対象とされていった。

 その中で建造継続側に含まれていた1隻の巡洋艦。

 彼女は春の進水式を控え、工事が続けられていた。いたのだが。


「潜水艦隊旗艦に巡洋艦など無駄だと図上演習でも結果が出ているではないか!」

「いや、図演は図演だ。

 実際に運用せねばわからん!」


 呉海軍工廠の某所でその巡洋艦に対する様々な意見が出されていた。

 彼女本来の用途は漸減邀撃作戦における潜水艦隊指揮用軽巡洋艦。

 しかし日米戦が回避された後に行われた図上演習において、単艦で行動する彼女は常に敵艦隊からの航空攻撃を受けて撃沈されていたのだった。


「少し休憩としようか。

 1時間後に再開とする」


 そんな室内の空気を嫌ってか、議事進行役を務める男が休憩を宣言した。

 建物を出て建造ドックへと脚を運ぶ彼の後ろを図演にオブザーバーとして参加していた造船官がついていく。

 数分も歩くと目の前に喧々諤々の論争対象である建造中の巡洋艦が見えてくる。

 偵察/航空巡洋艦”大淀”。

 それが彼女が進水式を迎えた際に与えられる予定の名前だった。


「……素性は良いフネだと思うんだが、な」

「ええ、設計担当者の一人として言わせて頂くなら十分に優秀な艦です。

 もっともお使いになる側の無定見に翻弄されているのは否めませんが」

「痛いところを突いてくれるよ、まったく。

 にしてもよもや図演とはいえあそこまで沈められるとは思わなかったな」


 ふう、と溜息をつきながら目の前で艦体のあちこちから火花を散らして建造が進むフネを眺める。

 潜水艦隊の旗艦として単艦で敵勢力下の行動を余儀なくされる彼女は主砲に対空戦闘も可能な60口径15.5センチ三連装砲を2基、対空火力として65口径10センチ連装砲を4基、25ミリ連装機銃を6基搭載していた。

 このように単艦行動を前提にしているため非常に充実した対空装備を有するものの、図演の結果から結局のところ空母機動部隊に捕捉されれば逃げ切る事は不可能だと判定されている。

 そして建艦計画の見直しにより彼女の立場は完全に宙に浮いた形となっていた。

 雷装を持たないため水雷戦隊旗艦への転用は水雷関係者の猛反対を受けて挫折、建造が単艦となったために戦隊を組ませる相手もいないという事実がさらに彼女の立場を厄介なものとしていたのだ。

 何しろ某水雷戦隊司令官は「雷装のない巡洋艦など帝国海軍水雷戦隊に必要なし!」とまで言い切ったという。

 それでも二番艦が建造されていれば利根型と同じく戦隊を組んで偵察巡洋艦として用いる事も可能だったかもしれない。

 しかし艦隊編成において単艦という立場は艦隊側からも使いにくいと言い渡され、建造継続は決定されたものの未だに完成後の見通しが立っていないのが実情であった。

 これは大正時代に実験艦としての性格を帯びて建造された軽巡洋艦「夕張」にも当てはまる事例であるが、夕張は魚雷発射管を装備していた事から水雷戦隊旗艦に使用されたのに対し、大淀は魚雷発射管を持たないというその一点において軽巡洋艦としての存在意義を否定されていたと言えるだろう。


「……そういえば貴様例の話を聞いているか?」

「例の話?

 ああ、龍州に派遣されている艦隊の事ですか」

「ああ」


 進水式を間近に控え、艦上構造物の大半が完成しつつある艦を横目に男が造船官に尋ねる。

 龍州に派遣されている艦隊、それは特設巡洋艦愛国丸を旗艦として隷下に一個駆逐隊を配した部隊だった。

 当初黒耳長族を連れ帰るという目的と共に交易も行うという事で選ばれたのが愛国丸を始めとする三隻の特設巡洋艦だったのだが、特設巡洋艦であるが故に本格的な戦闘には向いていなかった。

 その為に護衛として駆逐隊が付けられたのだが、これが海軍内部で問題となっていたのだ。

 護衛として付けるのは一個駆逐隊とはいえ、建艦計画の見直しによって大幅な駆逐艦戦力の増勢が見込めない以上その戦力的価値は非常に大きなものがあった。

 英国との協定によりインド洋に派遣する駆逐隊の確保も必要であり、龍州に派遣される駆逐隊は待機組を含めれば常に三個駆逐隊が必要だった。

 インド洋、龍州と二つのシーレーンを防衛するには帝国海軍の手駒はあまりにも少なかったのである。

 そして三隻の特設巡洋艦も本来は大阪商船の優秀な貨客船であり、開戦を見越して特設巡洋艦に改造されたのだが結果として戦争は起こらなかった。

 その為大阪商船では三隻(愛国丸、報国丸、護国丸)を本来の輸送業務に投入したいと海軍に申し入れていたのだ。

 何しろこちらも英国との協定によって輸送船舶の必要トン数は右肩上がりで増え続けている。

 それでもこちらは龍州へは海軍の運送艦を派遣する事で改善は可能と見られており、特設巡洋艦三隻を航路から引き上げる事それ自体にあまり問題はないと判断されていた。

 しかし船団を護衛する駆逐隊の派遣は海軍にとって地味に負担となりつつあったのだ。


「……確かに三個駆逐隊を常に持っていかれるのは厳しいですねぇ」

「だろう?

 龍州が重要なのは俺にもわかるが、それ以上に帝国本土を守る艦隊やインド洋派遣部隊が手薄になるのは問題だ」

「はあ」


 男はそう言いながら目の前に佇む巡洋艦を見上げていた。

 そんな男の視線が後部に備え付けられつつあった格納庫でぴたりと止まる。

 それは試作中の高速水上偵察機を収める為に設けられた前例のない大型格納庫だったが、肝心の高速水上偵察機は開発中止となる事が内定しており彼女は完成前から役目も装備も奪われていたのである。

 が、その格納庫を見た男の脳裏に過ぎったのはまったく別の使い道だった。


「……あの格納庫を居住区にすれば兵員輸送艦になるんじゃないか?

 龍州にこいつを持っていくのも良いかもしれんな」


 それは単なる思い付きで、目の前で生まれながらに不遇を託つであろう巡洋艦に向けた慰み程度のものでしかなかった。

 否、そのはずだった。


(……格納庫転用の居住区、黒耳長族を乗せる為の改装。

 駆逐艦を圧倒的に上回る砲熕兵装、35ノットの最大速力、十分な航続距離。

 もしかしていけるんじゃないか、これ)

「すみません、私は先に戻ります!」

「あ、ああ」


 彼の言葉を真に受けた造船官の脳内では既に彼女に対する改装が形を成し始めていた。

 そして後日開催された丙型巡洋艦用途研究会議において彼は”輸送巡洋艦改装計画”をぶちあげ、驚くべき事にその案は即座に採用されることとなる。

 これが後に”ラブホテル大淀””娼艦””乗艦すれば脱童貞””チョンガー専用艦”等多数の異名で呼ばれる事になる本艦の始まりだった。


 そして同時期、もう一つの問題が発生していた。

 水雷戦隊期間用軽巡洋艦「阿賀野」型のタイ王国への売却である。


「承服できかねます!」


 ドンッ、と拳骨で机を叩いて抗議するのはあちこちから艦政本部にやって来た水雷関係者。

 何しろ大正時代に完成した5500トン型を延々使い続け、ようやくの事で更新が決まった艦を同盟国に売り渡すというのである。

 いくら予算削減の煽りを受けて4隻の予定が3隻に削られたとはいえ、それでも水雷戦隊旗艦の更新を待ち望む関係者は多かった。

 なのにその虎の子とも言うべき3隻までも取り上げようというのだから彼らの怒りは至極当然と言えた。

 しかも既にタイ王国とは話がついており、要望に従った改造計画まで完成しているというのである。

 政治的には完全に決定された方針であり、これを覆す事など認められる筈がない。

 それでも艦齢20年という5500トン型軽巡洋艦の更新は必要であり、すったもんだの挙句「早く安く強く」というスローガンの下いくつかの計画が立ち上げられた。

 既存艦の改装、設計流用による新規建造、外国艦の購入などなど。

 結果として最終的に決まったのは。


・第五、第六水雷戦隊旗艦用に2隻の軽巡洋艦を新造する(後の水無瀬型)。

・第一~第四水雷戦隊旗艦用として古鷹型、青葉型重巡洋艦の主砲を換装し、軽巡洋艦とする。


 この2点であった。

 特に前者は雷撃戦能力が高く評価され、後者は短期間で再就役が可能である点が高く評価された。

 結果として6個水雷戦隊全ての旗艦を更新可能となり、水雷関係者は皆満足したのであった。

 が、あちらを立てればこちらが立たずという諺がある通り、次なる問題が艦政本部を襲ったのはある意味必然だったのだろう。


「貴重な重巡洋艦の砲力を落としてまで水雷に出すとはどういう了見かッ!」


 再び艦政本部に襲来したのは当然ながら砲術関係者。

 第6戦隊の重巡洋艦を全て取り上げられた形となった彼らの剣幕は凄まじく、このとき対応した佐官は後に「殺されるかと思った」と述懐しているほどだった。

 米海軍に巡洋艦戦力で劣っている日本海軍としては、たとえ8インチ連装3基の6門艦といえど貴重な兵力である事に違いはない。

 実効戦力としては些か力不足である事は判っていたが、代艦もなしに取り上げられるのでは砲術関係者もそりゃ激怒するだろう、てなもんである。

 結果、砲術関係者の強烈な直談判の下、再び「早く安く強く」というスローガンが掲げられる事になったのだった。

 そして最終的に纏まった案が装甲巡洋艦「那須」型の建造である。

 主砲は航空戦艦へ改装される四隻(扶桑、山城、伊勢、日向)から降ろした14インチ連装砲、装甲は空母への改装に伴い舷側装甲が当初の410ミリから200ミリへ半減された信濃型の部材をそのまま利用、完全新規建造はドンガラだけとなった。

 その分建造期間は2年程度まで短縮出来ると見込まれ、隻数こそ半減したもののその大火力に目がくらんだ砲術関係者は設計案を即座に了承。

 結果として日本海軍は、

・水雷戦隊旗艦用軽巡洋艦「水無瀬」型2隻の新造

・水雷戦隊旗艦用に回すため「古鷹」型、「青葉」型各2隻の重巡洋艦を軽巡洋艦に改装

・「古鷹」型、「青葉」型重巡洋艦の代替として「那須」型装甲巡洋艦2隻の新規建造

を行う事となった。

 当初懸念された予算面の問題だが、設計流用や装備流用、部材流用となりふり構わずありとあらゆるコスト削減を追求した結果、驚くほど安く上がったと言われている。


付記:昭和二十年代におけるとある軍事雑誌より抜粋。


輸送巡洋艦「大淀」

 主砲:60口径15.5センチ三連装砲2基6門

 両用砲:65口径10センチ連装砲4基8門

 機銃:25ミリ三連装機銃14基42門

 搭載機:零式水上偵察機1機

 射出機:呉式二号五型1基

 搭載艇:特型運貨艇(陸軍の大発を海軍仕様にしたもの)2隻

      ※本艇は人員輸送用であると共に、大淀が接岸不可能な港が多い龍州において交易品を陸揚げする為の重要な手段であった。


 本来装備される予定であった射出機を撤去、格納庫をほぼ倍に延長してその内部を居住区に改めた龍州黒耳長族移送用の艦。

 格納庫は三段に区切られ、左右両舷に居住区が配されている。

 4名の収容が可能な部屋が合計54部屋作られ、一度に216名の黒耳長族を本土へ移送する事が可能とされた。

 もっともこれはあくまでも定数であり、若干の居住性悪化を許容すればさらに100名以上の輸送は可能であった。

 また延長された居住区には応接室が6部屋用意されており、これらの部屋は移送する黒耳長族の希望に応じて使用するとされている。

 その内容については公表されていないが、龍州へ派遣された後に本艦へ与えられた異名から中身を類推するのは容易であろう。


 兵装は基本的に計画のままとされているが、機銃兵装のみ居住区上へ増設することとされ、連装から三連装へ強化の上合計14基が装備された。

 これは龍州において主砲や高角砲を用いるまでもない目標が殆どであることがその理由である。

 また、当初は収容人員を増やすために航空兵装を全撤去する予定であったが、最終的に偵察や連絡用として1機を搭載する事とされ、艦尾に射出機を設置してその上に露天係止する形となっている。

 この決定に関しては黒耳長族の特徴を知った航空関係者が強く働きかけたというまことしやかな噂話が流れたものの、それを肯定する文書などは発見されていない。

 日本から龍州への航海では居住区へ煙草や日本酒を、艦内倉庫には塩や砂糖などを満載、龍州における交易部隊の護衛艦兼輸送艦として活躍した。

 また、本艦の就役によって黒耳長族の本土移送は本艦のみの任務とされ、同時に愛国丸等3隻の特設巡洋艦を大阪商船へ返還し(※1)龍州航路へは海軍の運送艦を当てる事とされた。

 就役後は大量輸送を前提としない派遣であれば護衛も必要なく、その航続距離を生かして単艦で本土~龍州間を行動している。

 本艦は黒耳長族の日本国内移送に関わっている間、幾度となく襲撃を受けるもその戦闘能力を遺憾なく発揮してこれら全てを撃退する事に成功、そのコンセプトの正しさを証明した。

 後に日本~龍州への民間交易路が確立するまでの間、本艦は常に龍州における日本帝国の象徴として君臨することとなった。

 また、戦力としての価値が減少していた巡洋艦「夕張」が本艦の改造思想を受け継いだ形で改装され、龍州へ派遣されている。



 本艦に関わる逸話としては、

  ・一度に黒耳長族が400人以上乗艦、乗員居住区にまで彼女達を詰め込んだ為に航行中の大淀から常に謎の嬌声が上がっていた。

  ・停泊中、甲板に女用の下着類が干されているのを見るために本艦の周囲を少年達が泳ぎ回っていた。

  ・龍州での戦闘時、乗艦していた黒耳長族が活躍した兵に多数での奉仕を提案し一夜限りのハーレムが開かれた。

 等、帝国海軍ではあり得ない話が多数存在している。




阿賀野型軽巡洋艦


 本級は旧式化した5500トン型に代わる新世代の水雷戦隊旗艦用軽巡洋艦として四隻が計画、建造される予定であった。

 しかし1941年12月に世界各地に現れた龍の影響により急遽日米戦が回避、艦艇建造計画に大幅な修正が加えられる事となる。

 その中で本級は3番艦(予定艦名「矢矧」)までの建造継続は認められたものの、起工に至っていない四番艦の建造は中止とされた。

 水雷関係者は本級の建造を継続させるべく運動するも、予算圧縮の壁に阻まれてしまう。


 さらに本級の運命を変えたのが同盟国イタリアがタイ王国より発注を受け建造中であった「タク・シン」型巡洋艦の建造停止である。

 南部仏印に駐留するフランス海軍に対抗すべく発注した同艦が入手不可能となり、海軍戦力の拡充を図るタイ王国は急遽日本に巡洋艦の購入を申し入れたのだ。

 そしてこの売却対象に挙げられたのが1番艦が艤装中、2、3番艦が建造中の本級であった。

 同時にタイ王国は本級と共に行動可能な小型駆逐艦の設計・建造をも申し出ており(※2)、これが予算不足に悩む大蔵省と外務省を強烈に後押しする事となった。

 結果、海軍水雷関係者の猛抗議をも跳ね除け、本級のタイ王国売却が決定されたのである。

 この売却決定に際し、海軍内部でも水雷関係者を納得させるべく既存艦艇の改装による水雷戦隊旗艦の更新が図られる事となる(※3)。


 既に1番艦「阿賀野」は41年11月に進水していたものの艤装工事を一時中止、タイ海軍による要求仕様を盛り込んで建造が再開された。

 主要な改造点は以下の通り。

・92式61センチ4連装魚雷発射管及び次発装填装置の撤去

・撤去した魚雷発射管に変えて飛行作業甲板下部両舷に53.3センチ4連装魚雷発射管を1基ずつ装備

・旧2番連管装備位置両舷に98式60口径8センチ連装高角砲を1基ずつ装備

・主缶2基を撤去、居住区へ変更する事により居住性を改善

 この結果として本級の最大速度は30ノットへ低下するも航続力は増加、魚雷発射管は53.3センチ4連装2基とされた上に両舷配置の為、実質的な雷撃力はかなり低下している。

 しかしその分高角砲の門数は倍になり、同様に機銃兵装も艦橋前の機銃台に2基、後部マスト基部に2基、後部甲板に2基が装備され対空火力の強化が図られた。

 本級は当初2隻の購入が打診されていたが、日本とタイ王国の折衝の結果最終的に3隻全てがタイ王国海軍の巡洋艦として就役した。

 特筆すべきは本級3番艦の艦名であり、「ナガマサ」の艦名はシャム王国時代にアユタヤ王朝のソンタム王の元で活躍した山田長政から取られている。

 これはタイ王国の本級に対する期待と新造軽巡洋艦売却に同意した日本への感謝の現れであろう。


 なお、3番艦「ナガマサ」は起工直後であったため主缶撤去後の艦内構造を再設計しており、余剰スペースに王室関係者用の居住区が設置され事実上の王室ヨットとしての役割を担う事となった。


タク・シン型軽巡洋艦

 基準排水量:6500トン

 公試排水量:7600トン

 全長:180m

 全幅:15.2m

 機関:ロ号艦本式重油専焼水管缶4基

 主機:艦本式オールギヤードタービン4基

 軸数:4

 最大出力:65000馬力

 航続力:18ノット/8500海里

 兵装:主砲/50口径15.2センチ連装砲3基

     高角砲/60口径8センチ連装砲4基

    魚雷/53.3センチ4連装魚雷発射管2基

    機銃/96式25ミリ3連装機銃6基

    爆雷/艦尾爆雷投下台6基(爆雷搭載数18発)

 航空兵装:呉式二号五型射出機1基

       零式水上偵察機2機

 同型艦:タク・シン

     ナレースアン

     ナガマサ



那須級装甲巡洋艦/古鷹・青葉型軽巡洋艦


 元はマル五計画による超甲巡。

 本艦は本来大規模化した水雷戦隊の夜襲において、旗艦として巡洋艦戦隊と共に米海軍の防御スクリーンを形成する軽快艦艇を撃破する事を第一義として建造される予定であった。

 しかし1941年12月の日米戦が回避された結果、大型水上戦闘艦の新規建造は全て見送りとされ建造計画が凍結されてしまったのである。

 この状況が変化したのは既に建造中であった「阿賀野」型軽巡洋艦の売却問題が発生した為である。

 本来ならば水雷戦隊旗艦としては旧式化しつつある5500トン軽巡の代替として四隻が建造される筈であった阿賀野型は三隻のみが建造継続とされ、その全てがタイ王国向けの輸出用とされてしまったのだ。

 これによって新たな水雷戦隊旗艦を取得する事が不可能となった水雷関係者が激昂、新たな水雷戦隊旗艦を求めて艦政本部に直訴するという前代未聞の行動に出る。

 結果、「最低限の予算で阿賀野型に匹敵する艦を」という条件の下、新造艦の検討から既存艦艇の改装まで様々な案が出され、最終的に採用されたのが、「古鷹」型及び「青葉」型重巡洋艦の主砲を60口径15.5センチ三連装砲に換装して軽巡洋艦に類別変更、水雷戦隊旗艦に充てるというものであった。

 元々阿賀野型軽巡洋艦の主砲は旧式の15.2センチ砲を新開発の砲塔に収めたものであり、威力は十分ながら発射速度等に問題を抱えていた。

 しかし元来「最上」型軽巡洋艦の主砲として開発された15.5センチ砲であればその問題もなく、片舷当たりの雷撃力の低下を加味しても1.5倍に強化された門数は水雷戦隊旗艦として露払いを務めるに十分と判断されたのである。

 さらの同砲は最上型の改装に伴い余剰となっていた上、大和型戦艦や大淀型巡洋艦へ搭載する分を除いても合計10基が保管されていた事が幸いした。

 この為主砲換装に伴う砲塔新造は僅か2基で済み、全艦の改装は僅か数ヶ月で終了する事となった。

 また、高角砲も12センチ単装砲4基から12センチ連装砲4基に強化されている。


 しかし改装計画が決まった事で新たなる問題も生じる事となった。

 それは砲術関係者からの突き上げである。

 元々第六戦隊を編成していた重巡洋艦四隻を取り上げられた形となった砲術関係者らは、水雷関係者の要求を飲むならば自分達の要求も取り上げるべきである、とこれまた艦政本部に直訴。

 すったもんだの挙句、再び「早く安く強く」との掛け声の下短時間で多種多様な案が検討され、結果として浮上してきたのが超甲巡の建造計画の再開であった。

 再開された超甲巡建造計画の中で、原計画との最大の差異は50口径12インチ三連装砲(試製乙砲)三基とされていた主砲を伊勢型、扶桑型戦艦の航空戦艦化に伴い余剰となった14インチ連装砲を再利用する事で、14インチ連装砲3基6門の実質的な巡洋戦艦とされた事である。

 これは余剰となっていた14インチ連装砲塔を再利用する事で予算を圧縮する事、最も時間のかかる主砲開発をキャンセルする事で建造期間を短縮する事を主眼として採用された。

 当初は砲術関係者より装甲も強化する事が求められていたが、建造期間の短縮という絶対命令の前に計画通りの対12インチ砲のものとされ、搭載している主砲への対応防御は切り捨てられた。

 装甲は空母へと改装される事が決定していた信濃用の部材を流用(410>200ミリに半減された分だけ資材と製造工程に余裕が出来ていた)する事で製造期間を短縮する事に成功しており、この事から本級は「主要装備が全てお下がり」と揶揄される事となった。

 また、砲戦時における諸問題から航空兵装を撤去する事とされ、その代償重量とスペースを用いて当初計画では連装8基16門とされた65口径98式10センチ連装高角砲(長10センチ砲)を片舷6基の合計12基に変更、対空戦闘能力が強化されている。

 この高角砲は実質的に両用砲として扱われており、対軽艦艇射撃、事に接近してくる米駆逐艦相手においても有効に使用される事が期待されていた。

 結果として設計変更を受けた本艦は高い指揮能力、重巡洋艦の砲力では撃破不能な装甲、そして主砲を変更した事により一撃で巡洋艦を戦闘不能に追い込むだけの大火力が与えられることとなった。

 元来日本海軍の夜襲水雷戦術では米巡洋艦群をいかに無力化するかという点に問題を抱えており、これを解決する為の手段ならびに大規模化した水雷戦隊の指揮統率をどうするかという命題への回答が本艦であると言って良い。

 同様に米巡洋艦群撃滅の任務は金剛型にも割り振られており、日本海軍は大和型ならびに長門型各二隻を囮として敵戦力を誘引、米戦艦群を引き付けている間に那須級装甲巡洋艦二隻と金剛型戦艦四隻、合計六隻で米前衛部隊を叩き潰す事を目指す事となる。

 また、当初予定されていた12インチ砲は、欧州における海戦を研究した結果(※ラプラタ沖海戦におけるグラーフ・シュペーの戦闘)から対巡洋艦とするには威力不足であり、戦艦相手にはまったく歯が立たない事が判明。

 旧式とはいえ14インチ連装砲3基6門を装備した本級は結果として米海軍の同級艦であるアラスカ級を圧倒するだけの砲力を持つ事となった。

 さらに主砲の変更は限定的ながら米戦艦への対応能力をも本級に付与、その速度性能と相まって米海軍には本級を確実に捕捉・撃滅しうる大型水上戦闘艦が存在しない事になり、その対応に苦慮する事となるのだった(※4)。



「那須」型装甲巡洋艦

 排水量 基準:31500トン

     公試:35000トン

     満載:36500トン

 全長:240.0m

 全幅:27.5m(公試水線)

 平均吃水:8.8m(公試状態)

 主缶:ロ号艦本式専焼缶8基

 主機:艦本式オールギヤード・タービン4基4軸170000馬力

 速力:33ノット

 航続距離:8000海里/18ノット

 燃料:4600トン

 兵装:45口径35.6cm連装砲3基

    98式65口径10cm連装高角砲12基

    25ミリ三連装機銃12基

 同型艦:那須、剣



「古鷹/青葉」型軽巡洋艦

 排水量 基準:8700トン(青葉型:9000トン)

      公試:10500トン(青葉型:10800トン)

 全長:185.17m

 全幅:17m

 平均吃水:5.61m(青葉型5.66m)

 主缶:艦本式重油専焼缶10基(青葉型:ロ号艦本式重油専焼缶12基)

 主機:オールギヤードタービン4基4軸

 最大出力:103390馬力(青葉型:104200馬力)

 最大速度:33ノット

 航続距離:8000海里/14ノット

 燃料:2000トン

 兵装:60口径15.5センチ三連装砲3基

    45口径12センチ連装高角砲4基

    92式61センチ四連装魚雷発射管2基(次発装填装置付、搭載魚雷93式魚雷16本)

    25ミリ三連装機銃4基

    呉式二号五型射出機1基(零式水上偵察機2機)

 同型艦:古鷹、加古(古鷹型)

       青葉、衣笠(青葉型)




※1 当初3隻全てが大阪商船へ返還される予定であったが、愛国丸をことのほかお気に入りとなっていた撫子が抵抗。

    愛国丸を取り上げるなら「だったらわらわはあれに乗るのじゃ!」と代船にラファイエット号を指名したため、大阪商船は泣く泣く愛国丸を諦めざるを得なかったという。

    後に海軍側が予算を出して同等の貨客船を1隻建造する羽目になった。

※2 後に松型駆逐艦となる汎用量産型駆逐艦。

※3 古鷹型及び青葉型重巡洋艦の主砲を60口径15.5センチ三連装砲へ変更する事で、阿賀野型に代わる水雷戦隊旗艦に改装された。

※4 米海軍は対金剛型の切り札として最大速力33ノットに達するアイオワ級を建造したが、那須型装甲巡洋艦はそのアイオワ級と速度面で同等であり、確実な捕捉・撃滅が事実上不可能であった。

さらに追撃戦において発生しやすい遠距離砲戦における14インチ砲弾の対甲板打撃力は侮れないものがあり、それが米海軍の苦悩をより深めたと言われている。


『帝国の竜神様』に投稿されていた大隅氏の艦の話。

大隅氏の了解を経てこっちに投稿。

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