悪役令嬢は最後に嘲笑う
幼い頃よりお慕いしておりました。
貴方様の為に、いいえ、私が貴方様の隣に相応しくなりたいが為に私は私を磨きました。
大嫌いな勉強も、少しでも貴方様のお力になれるのならと経済、農業、語学、算術など男性顔負けの学問を修めました。
醜い自分で貴方様の視界を汚したくなく、出来る事をしました。髪や肌のお手入れは使用人達が毎日手伝ってくれますがそれだけでは美しくなりません。ですので我が家の料理長に美容と健康に良い食事を頼みました。無類の甘味好きには辛い毎日でしたが両親も兄も協力してくれたので続けられています。
貴方様の足枷にならぬよう、貴方様を守れるようにと護身術も習いました。騎士ほどの技量は残念ながらありませんが、剣は無理でもめて貴方様の楯にはなれましょう。
貴方様だけでなく、私に協力してくれた家族、使用 人達に恥をかかせてはならぬよう、一番大嫌いな淑女教育も常時笑顔で耐えながら頑張りました。
私は頑張りました。
私は頑張れました。
例え貴方様の心は手に入らずと分かっていても、私は貴方様に恋をしました。
私の一方的な勝手な想いですわ。
努力が報われない事も承知。
ただ私が私の為に努力したまでのこと。
だからこそ私は私の想いも存在も否定する事は貴方様でも出来ませんわ。
「貴女との婚約を破棄したい」
王太子殿下が伯爵令嬢の肩を抱き締めながら婚約破棄を言い渡されました。
分かってはいました。
分からないはずがありませんでした。
婚約披露パーティーでお二人が初めて出会った瞬間にお互いが惹かれあったなど見ていたら分かるのです。
私の存在もお二人にとったら恋の障害扱いでしょう。
私が知らないとでも思っているのかしら。
王太子殿下が伯爵令嬢に貢いでいることも……
伯爵令嬢の腹に命が宿っていることも……
「殿下……それはならぬのです。私の一存では肯定も否定も出来ぬのです」
「父上や公爵殿には後程報告し謝罪するが、私はまず貴女に伝えたかった。私は貴女を愛せない。けして貴女に落ち度はない。いや、むしろ貴女は完璧であった………私が卑下する程にな……」
自嘲気味に笑う王太子殿下。
私の存在が殿下には重荷であったのでしょう。
私の努力が殿下を追い詰めてしまった。
優秀である事は喜ばしいが、それが自分より優秀だとしたら、それが自分の未来の妃だとしたら………王太子殿下にとってそれは矜持が許さなかった。
「私は父上達に破談を伝える前に、貴女に事実を私の口から伝え謝罪したかった。私の勝手な都合に付き合わせてすまなかった」
殿下は深く、深く謝罪してくれました。
ですが違うのです。
私は謝罪など求めておりません。
「頭をお上げ下さい。殿下のお気持ちは分かっておりましたわ。ですが婚約破棄は御身の為にもご一考いたしませ」
何も破棄しなくても伯爵令嬢なら王太子殿下の側室として後宮へ召し抱えることも可能である。
「いや、私は彼女に誠実でありたいのだ。貴女には悪いが私の愛したい者は一人。そして私の隣には心より愛する彼女でなければならない………私は彼女を私の正妃にする」
殿下は私から視線を逸らさず真摯に訴えた。そして伯爵令嬢の腹を優しく、労るように撫でた。
「…殿下……ど…して………どうして………」
「……すまない」
私はその場に座りこみました。
殿下は謝罪で済ますつもりらしいですが、違うのです。謝罪で済む問題ではないのです。
「……横領は反逆罪にあたります」
「えっ???」
私はドレスの汚れも気にせずに、俯いたまま事実を伝えます。それしか出来ません。恋に盲目になり、既に先を決めた殿下には現状を伝えることしか私には出来ませんでした。
「殿下、殿下は私に花を贈って下さりましたが、それは殿下の金銭ですか?」
「??ああ、それがどう………」
「違うのです。王族にご自分の金銭はないのです。それは国の、民が収めた税なのです」
まさか王族でありながら帝王学の初歩を王太子殿下が知らなかった。だからこのように誤ってしまった。
「私は殿下の婚約者であったから、殿下から花を戴けたのです。政略結婚の架け橋になるからこそ国家予算をしよう出来たのです。ですが………」
そう。殿下が遣えるお金は婚約者にのみ。
殿下が遣える国家予算は婚約者との交際費という名の政略結婚へ結び付ける為の賄賂。
だが伯爵令嬢にドレスや宝石を贈ったのは事実。それが個人のお金なら問題なかったが、殿下には個人でお金を稼いだ功績は残念ながらなかった。
「私に贈られたのは花のみです。これは我が家の者だけでなく、花を届けてくれた殿下の侍従も王宮庭師も知る、隠せない事実。なのに婚約者への予算が多徴収されていたら………………それは横領になるのです」
別に物品で愛情に差がつくとは思っておりませんが、私に遣われた予算が限りなく0に近いのは事実。
そして婚約者の存在を知っていながら殿下と付き合い子を成したのも事実。
これがまだ子さえいなければ伯爵令嬢とて側室にはなれた。あくまで殿下が令嬢に予算を遣わなければだが。
驚愕の事実に言葉を失う殿下。さすがに優秀な頭脳はなくとも、こんなに易しく説明されれば馬鹿でも事の重大さは理解出来る。
……………だが馬鹿には通用しなかった。
「私が婚約者になれば横領にはなりませんよね。それに私は殿下の子がいます。殿下のお子の為の予算としてなら………」
「ならぬ」
伯爵令嬢の言葉に唖然とした私の耳に厳かな声が聞こえた。
「「陛下!」」
「父上!」
私は直ぐ様、佇まいを正し臣下の礼をとったが、殿下や伯爵令嬢さえも呆然と佇んだまま。
令嬢は問題外であるが殿下は親子であっても礼節を弁えるべきである。
「此度の件は聞き及んでおる。公爵殿は婚約破棄を了承の旨を貰った」
「父上」
「ありがとうございます」
殿下と伯爵令嬢は手を取り合って喜び陛下に礼をのべ るが、二人は分かっていない。これは断罪の場だ。
「お前は王太子でありながら婚約者への予算を偽証し伯爵令嬢へ予算を遣ったな。ならびに勅命にもかかわらず婚約を破棄し、あまつさえ婚約者がいながら体を結ぶ所業は偽証罪、横領罪、反逆罪、姦通罪に準じ廃嫡とする」
「そ、そんなっ!父上!!廃嫡!?私以外に父上の嫡子はいないのに廃嫡など!!」
「伯爵令嬢が公爵令嬢の婚約者に手を出すのは不敬罪である。生きるなら子をおろし生涯幽閉。もしくは愚息、子と共に命をたつがよい」
「なっ!何故です!?子をおろせなどっ!!この子は殿下のっ、陛下の孫でもありますのよ!!」
罪の重さより廃嫡に狼狽える殿下と、悲鳴をあげ涙ながらに訴える伯爵令嬢。
しかし陛下は顔色一つ変えず無情にも最終通告を言い渡した。
「罪人を牢へ連れて行け」
陛下の言葉に衛兵に二人は暴れながらも捕らわれ、牢獄へと連れて行かれた。
残されたのは陛下と、頭を下げの片手で軽くドレスを持ち上げて、もう片手は胸に置き、方膝を軽く曲げて片足を後ろへさげた私の二人だけ。
「顔をあげよ」
陛下の言葉に臣下の礼を崩さず顔のみをあげる。
変わらない。
貴方様の瞳は変わらない。
揺るぎなく真っ直ぐ見てくる。
心を覗くと称される瞳。
変わらない。
何年たとうとも変わらない。
私の胸の熱さは冷めない。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
「っ!………そなたは変わらぬな……幼き頃よりその笑みは変わらぬ」
「陛下もお変わりなく嬉しく思います」
「此度は愚息が迷惑をかけた。すまぬ」
「私こそ役目を果たせず申し訳ありません。婚約者でありながら諌めず、殿下を罪人にしてしまったのは私の責であり、私の咎であります。謹んで処される覚悟はございます」
「……………そなたは……分かっておるのだろ」
ええ、陛下。分かっております。
私は現状を理解できぬ愚か者ではございませんわ。
陛下に殿下以外の嫡子はおりません。
陛下には亡き王妃様以外の妃はございません。
陛下にはお世継ぎが今すぐにでも必要です。
私は元王太子の婚約者。
私の婚約者の後釜には公爵令嬢としても王太子以上の身分の者にしか嫁げません。
婚約破棄はそれだけ醜聞なのです。例え王太子以下の身分の者が婚約を望まれても、公爵家としてはそれを許すことは出来ません。
現状では私は陛下もしくは隣国の王族にしか嫁げません。
陛下が望めば国母になりましょう。
陛下が望むのなら隣国との橋渡しになりましょう。
「御判断を………」
「………そなたは……断らぬな……」
「陛下………私は恋をしました。私は頑張りましたわ。ですがそれは貴方様の為ではなく、私自身の為」
私は貴方様が好きです。
王太子殿下との婚約を打診されても、私は悲しくありませんでした。むしろ嬉しかった。
貴方様の役にたてる。
貴方様の血筋の子を生める。
貴方様が見る先を私自身が歩める。
こんなにも幸せなことがありましょうか。
「………そなたには私のような年寄りは正直勿体ないと思っておる。先のある若者へ……いや、言い訳はよそう………状況は一目瞭然。そなたの今後は私の妃になるしか選択肢は渡せぬ。他国へ嫁がせるにはそなたは優秀過ぎた……しかしな……」
陛下は私の前に立つと優しく頬を撫でた。
皺が目立ち始めた武骨な手に包まれ顔が熱く火照る。
畏れ多くありながら嬉しく、恥ずかしい。こまま時が止まればいいのにと望んでしまう。
「私はそなたを愛しておる。だからこそ、そなたには老い先短い私より幸せなってもらいたいのだ。そなたが望むのであれば他国へ嫁ぐのも取り図ろう」
王としてではなく、一人の男として送り出そう。
苦悩と葛藤が表情から漏れる。
「いいえ、私の望みはただ一つ」
私は手で頬を撫でる手を愛しく重ねた。
「私の幸せは貴方様の幸せ。貴方様が幸せなら私は幸せなのです。幼き頃抱き上げて下された時から私は貴方様をお慕い申し上げておりました」
王妃様を愛された貴方様に恋をした。
優しくも力強く抱き上げて下さる手が私だけのものでないと嫉妬した。
手に入らないからこそ貴方様の治める国に必要とされるように執着した。
貴方様の血筋を独占したいが為に王太子との婚約を了承した。
「リリーシャローズ、私達の小さな姫。あの日の言葉はいまだ有効であろう……ソフィリアを愛した私と結婚しておくれ」
幼い日の初恋。
身分も分からぬ幼子の戯れ言だと思われた。幼子だから許された言動。
それでも幼かった私は本気であった。
『エディタおじ様のお嫁さんになりたいのです』
『小さな姫、私にはソフィリアがおるよ』
『エディタおじ様もソフィリア姫様も好きなのです。だからお二人のお嫁さんになりたいのです』
『ふっははは、では大きくなるのをソフィリアと共に楽しみにしていよう』
初恋は叶わない?
いいえでもあり、はいでもある。
私の初恋相手は二人。
エディタおじ様とソフィリア姫様。
ですが私の初恋は片方だけ叶いました。
私の幸せはあの頃から変わりません。
どちらも大好きな人。
私が愛する二人。
ソフィリア姫様を愛したエディタおじ様。
ソフィリア姫様を愛した私。
エディタおじ様を愛したソフィリア姫様。
ソフィリア姫様を愛したエディタおじ様を愛した私。
貴方様の心にソフィリア姫様が居る限り、私の返事は決まっているのです。
「はい、エディタおじ様。私は二人のお嫁さんなれて幸せです」
二人は愛しそうに見つめ合い、口付けをお互いに交わすのであった。
さて、ここからは真実を話しましょう。
荒唐無稽な話を………
私、リリーシャローズは転生者です。
そしてこの世界は一つの物語り。
主人公は王太子。ヒロインは伯爵令嬢。そして私は悪役令嬢でした。
役柄を考えれば理解されるでしょう。
私は悪役令嬢。
ですが私の初恋相手は殿下ではなく、そのご両親でした。ですので嫌がらせ一つしておりません。それどころか殿下と伯爵令嬢を引き合わせたのは私です。さながら恋のキューピッドですわね。
だから許して下さいませ。
殿下の過ちを諌めなかったのは身分違いだから言えなかった訳ではございませわ。
伯爵令嬢の不敬を見て見ぬ振りしたのは屈辱でも慈悲でもありません。
だって私の大切な方は二人だけ。
それ以外はどうでも良かったのですわ。
ねぇ、愛した方と結ばれたいのは誰でも同じよね。
殿下と伯爵令嬢は結果はどうあれ結ばれたわ。
愛した人と結ばれたのだもの。嬉しいでしょう。幸せでしょう。
だから私の為に利用させてね。
私は正真正銘の悪役令嬢なのだから。