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「……。言いたい事って、それ?」
「うん。こっち向いて。」
ちょっと考えた後、千春はズッと鼻を啜ってから、
「…わかったよ。」
と、言って振り向いてくれた。
千春の顔は涙でグショグショになっていた。
目の周りなんて擦り過ぎて真っ赤だ。
それでも、イケメンとか……ズル過ぎると思う。
「俺に聞きたい事って何?」
俺がしっかりと千春の目を見ながら促せば、千春はふいっと視線を逸らしてしまった。
…そして、ボソボソと話し出す。
「ぁ、藍琉の中にあるのは…何なのかなって。」
「は?」
正直、千春が何を言ってるのかわからなくて、俺は思わずそう言っていた。
「時々、見え隠れする…藍琉のずっと内側にあるヤツの事。」
千春は終始俺の目を見ずに、床に視線を向けたまま、そう言った。
…なんとなく、嫌な予感しかしなくて、俺は発狂でもして遮ってしまいたかったけど、そうやって逃げたら……ダメな気がして、俺の口は動かなかった。
「…藍琉のその闇は。その闇の原因は。……何?」
ここでやっと俺の目を見た千春。
…真剣な眼差し。
俺は言葉を失った。
バレタ?
チハルニ?
…あり得ないっ。
俺は上手く隠せていた。
だって、今まで誰も気付かなかったんだから。
親にも兄弟にも友達にも幼なじみにも。
誰にも本当の俺は見えてなかった。
幼稚園の頃、クラスで1番強い子に目をつけられ、クラスの子達が口をきいてくれなかった時も、習い事先で先生の見えない所で抓られていた時も、決して辛いなんて素振りを見せない俺に、誰も心の中を覗こうとしなかった。
だからこそ、俺は創り物の“俺”を演じて、安定した日々を送る事が出来ていたんだ。
…“日常”をここで失う訳にはいかない。
「…千春は何を言ってるの?意味わかんない。」
俺は千春の目をしっかりと見て、そう言った。
女は噓吐く時に相手の目をジッと見て、男は嘘吐く時に相手の目を見ないって、何かの本に書いてあった気がする。
…だから、俺は敢えて千春の目を見ながら言った。
「…そっか。」
少しの沈黙の後、千春はそう言った。
その短い沈黙が俺はとても怖かった。
黙って俺を見る千春の目が、俺の心の内側を、見せてはいけない部分を、見透かしているように思えて仕方がなかった。
「思い違いだったみたい。」
千春は、ごめんごめん、と笑った。
「別に良いけど、もう“変な事”聞くなよ?」
“これ以上踏み込むな”
「うん。ごめん、忘れて。」
そう言って笑う千春の笑顔は、何処か悲し気に見えたけど、悲しんでいるとしたら、何に悲しんでいるのかがわからなかった。
…それに、なんとなく知らない方が良い気がしたから、俺は気付かない振りをする。
「で、何で泣いたの?」
俺は、早く別の話に持っていきたかった。
あわよくば先ほどの話は忘れてくれるんじゃないかと思って、俺は千春を促した。