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千春が泣いてる所なんて見たことがなかった。
ちっちゃいくせにカッコつけで、体育の授業中に起きた不慮の事故で、骨折した時も泣かなかった。
だから、ダサいとか、カッコ悪いとか、そういうのの前に、ただひたすらにビックリした。
驚きのあまり、イラついていた事とか、さっきまでカッコ悪い所見せてた事とか、今授業をサボっている事とか、どうでも良くなった。
「なんで、泣いてんの?」
それは、本当に素朴な疑問で。
責めるつもりとか、嘲るつもりとか、無くて。
…心配だし、不安だから、俺は千春の顔を見るため、回り込もうとした……
…んだけど、千春は、
「ごめん。見ないで。」
って言って、またクルリと向きを変えてしまった。
「なんで?ねぇ、なんで?」
俺はしつこく聞く。
だってさ、話してくれないなんてオカシイじゃん。
たぶん、俺と千春は友達だから、ちゃんと話してくれたっていいじゃん。
……俺は、千春に何も話してないけど。
そう気がついて、俺は黙った。
俺が話してないのに、千春が話してくれるわけが無かったから。
自分の事信用してくれてない人の事なんて、信用出来なくてアタリマエ。
急に黙った俺を不審に思ったのか、千春が、
「…藍琉?」
と、呼んできた。
「…………ナニ…?」
少し遅れて、返事する。
「…どうしたの?」
こっちに背を向けて、手で顔を覆ったまま、千春は聞いてくる。
今、泣いてるのは千春であって俺じゃない。
自分が心配されるべきなのに、なんで俺に“どうしたの?”なんて聞くんだろ。
「千春こそ。…どうしたの?」
俺は千春の制服の裾を、ギュッと右手で握った。
…違う。正しくは、気がついたら握っていた。
「…言わなきゃ、駄目?」
また、鼻をズズッと啜りながら千春はそう言った。
「…言わなくていい。」
俺には、千春に話して欲しい、なんて思う権利はない。
「…ゔ。…ゃ、やっぱ、聞いて欲しぃ、です…。」
「…ぇ?」
「聞いで、ぐだざい!」
千春は、酷い鼻声で無駄に濁点をつけながら叫んだ。
「…ぇ、うん。」
ビックリして、そう言う事しか出来なかった。
「でもさぁ、その前に藍琉に、聞きたい事が、あるんだけど。」
千春は、そう言ってきた。
千春が俺に聞きたい事。
今、この場で聞かれそうな事なんて…何だろう。
「…わかった。その変わり、俺も千春に言いたい事あるんだけど、いい?」
「えっ。ぅ、うん。」
何を予想してるのか知らないけど、千春の肩は怯えるようにビクリと跳ねた。
きっと、俺が言おうとしている事とは、全く違う事を想像したんだろう。
だって俺が言いたいのは、そんな怯えるような事じゃなくて、純粋にただ…
「こっち向いて。」
欲しいだけ。