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困惑している様子の千春。
まぁ、当たり前の反応だろう。
普段の俺は自分から抱きついたりしない。
しかも、本来は他人に自分の体を触られるのが嫌いだ。
でも、今は…。
「…離れないで欲しい…んだけど。」
モゴモゴしながら、小さい声でそう言った。
「え。…ぅわ、わ、わっ。まさか、このタイミングでデレ?!…〜〜っ、ヤッバ。」
なんか悶えながら撃沈して行った千春の腕を引っ張り、強引に立つように促す。
「……立って。」
「待って。今、ちょっと勃っちゃいそうだから…。」
「バカじゃないの。…早く。」
アホみたいな事言ってる千春を無理矢理立たせる。…断じて、勃たせてはいない。
てか、コイツ冗談でそう言う事言ってんのか、本気で男もいけるのか、掴み所のない性格の所為でよくわからない。
「はいはい。んじゃ、手ぇつなごうか?」
そう言って、千春の左手は、俺の右手を握った。
「は?なんで?」
なんで高校生にもなった、むさい男達が手をつながなきゃなんないんだ。
…まぁ、千春はむさく無いけど。
「だって、怖いんでしょ?」
「は?!ち、違う!」
「えー、でも俺が離れるの嫌なんでしょ?」
きっと千春は今、いつものようにニヤニヤと笑ってる。
見えなくたってわかる。
…俺の事、バカにしてるんだ。
「……別に嫌じゃない。」
カッコ悪いのが嫌で。同い年なのに年下扱いされるのが嫌で。
…そして、俺は既に捻くれてて。
そう。なんて事ない。
嫌いな暗闇の中に1人取り残されようとも。
して欲しくない事をされた時に蘇る過去。途端に苦しくなる胸。
あの全てを喪失したようなポッカリとした不安。
…それに比べたら、1人なんて。
「藍琉?…ねぇ!藍琉!」
何故か何度も俺の名前を呼びながら、俺の右手を揺する千春。
「……何?」
「ぁ、大丈夫?」
「何が?」
“大丈夫?”
そう聞く彼は、もうあの笑い方をしてないのかな?
「んー、なんていうか。ごめん。」
「意味わかんない。」
「わかってる癖に。そういう所、藍琉って凄く嘘つきだよね。」
千春は、俺の手を引きながら歩き出す。
そこで、まだ手をつないでいる事に気がつき、手を離そうと試みるが千春の力に敵わなかった。
「嘘つき?俺、正直だけど。」
「それも嘘でしょ。」
まるで全部知ってるかのように話す。
…凄くイライラする。
何もわかってない癖に、何も知らない癖に、そうやって皆知ったかぶる。
それが俺は大キライ。
「あーあ、なんでこうなるのかなぁ…。」
どこか辛そうに千春は、そう呟いた。
…俺は何も発さない。
だって、今喋ったらきっと本性が出てしまう。
無理に柔らかい口調で喋っても、内容はきっと皮肉、嫌味、自嘲になってしまうだろう。
無言のまま、手をつないだまま、少し歩く。
そして、俺の手を引いていた千春の足が止まった、と思ったらパチッという音がして、視聴覚室の電気が一斉に点いた。
あまりの眩しさに俺は硬く目を瞑り、更に両手で目を覆った。
…その際、俺はつないでいた千春の手を振り払ったが、その時の千春の左手には少しも力が入っていなかった。