8=高校生活&大変。その4
「……起立、礼」
最早儀式化したこの流れ。朝礼が終了した。
「ハアァァ……」
教師が教室から出たのとほぼ同時に、机に突っ伏し、長い長い溜め息を吐く。授業すらしていない、まだ朝礼後なのにもの凄い疲労感。朝から色々あり過ぎた。あぁ、疲れた。
疲れたと言えば田中。
「ザット……サックス……」
今朝だけで女性二人から暴力を受けた彼は何だかやつれているように見えた。女性一人にもフラれたから精神的にもノックアウト寸前。魂、ここにあらずって感じがする。礼って言った時、着席した彼の姿はまるで糸の切れたマリオネットみたいだ。
まぁ、暴力受けた理由はどちらとも僕が原因だけど、慰める気にならない。寧ろ何言ったって聞いちゃくれなさそう。そう思えるくらい、今の彼には覇気を感じられ無い。
覇気を感じられ無いと言えば濱野。
「体が震える……寒い……ここはコキュートス……だった……のか……」
机の上で頭を抱えてガクガク震えている。それほどまでに犬飼さんの迫力がトラウマだったらしく、血が通っているのか疑う程にまで顔が真っ青だ。
確かにあれは怖い。不意打ちで食らえば夢に見そうなレベルだ。比較的マジで。
待て、あの二人を見ると僕はまだマシな方じゃないのか?田中のような暴力も受けていないし、濱野のようにトラウマ植え付けられるような怒られ方もされていない。
あぁ、何だか自分が情けなく思えてくるよ。
「ハアァァァァ……」
「どしたカジ?元気ねぇなぁ?」
自嘲気味の僕に話しかけて来た一人の少年。クセの強い茶髪と、黄金色に焼けた健康的な肌が特徴的だ。
「あ、斧田か……何か疲れた」
「オイオイ……まだ一時間目も始まってねぇぞ……何かあったけ?」
「いや、まぁ……色々と」
一から説明するのが面倒くさい。つーか言える内容じゃ無い。妹に縛られ、泣かされ、犬飼さんにファースト奪われそうになったとか言ってたまるもんか。
「ふーん……田中っちとハマも何かおかしいしよぉ……何か知ってんだろ?」
流石は斧田、ご名答。正解は言え無いけどね。
「んーん?どうせ田中は女性関係で、ハマちゃんは剣道関係だろ」
「……そうなのけ?……そうか」
これで言いくるめられるあの二人ってなんだろな。あ、単純な奴ら?考えとか読み易いもんあの二人。……ちょっと可哀想に思えて来た。
おっと、忘れる所だった。今、僕と話している彼は、「斧田 清文」。クラスメートで、僕の友人の一人だ。恐らく友人の中では一番まともな奴。
水泳部に所属しており、茶髪はプールの塩素による自然脱色。それほどまで練習に打ちこんでいる努力家さん。
「まぁ、あの二人の事。すぐ立ち直るだろうよ」
「……そんなもんか?」
「そんなもんよ」
そこまで言うと、少し眠ろうかと帽子のツバを深々と下げる。斧田に一言かけようかと思ったその時、
「ヤッホー!センちゃんにフミキヨー!」
僕達二人の名を呼ぶ女性の声に、反射的に顔を上げる。すぐ目の前にショートカットの女子生徒が一人。
「おう、のあ!」
「フミキヨイエーイ!……あれ?センちゃんヤッホー!」
「……おはようございます、井吹さん」
返事の無い僕に対して、再び笑顔で挨拶する彼女。無視するのは酷いので、軽く自分も挨拶をする。すると何故だか、不機嫌そうな顔になった。
「もぉー!敬語は止めてって言ってんじゃん!」
「……すいません」
この人……「井吹 のあ」って人なんですが、とにかく元気。
元々は斧田の幼馴染って事で、たまに話す程度だったんだが、井吹さんの人懐っこい性格もあり、女友達は作らないって思っていた僕と自然に友達となった。
「すいませんって、それも敬語じゃん!」
「え?……あー、ごめん……なさい」
「敬語抜けて無いぞカジ……」
まぁ、それでもまだ僕が壁を作っていると言うか……前に言った通り、女性へのトラウマ持ちの僕。知らず知らずの内に遠慮に近い感情が出来てしまい、自分の事なんだけど、心を開けて無い状態なんだよね。友達は友達なんだけどさ。
それを彼女は気付いているんだろう。最近は敬語を使うと注意してくる。
僕も互いに笑い合って、冗談を言い合う仲にはなりたいなぁとは思うけどね?
「……なんだよね!どう思う?」
「え?」
おっと、会話を聞き逃していた。考え過ぎが昔からの悪い癖なんですよね。反省反省……
「すいません、聞いていませんでした」
「おい、ちゃんと聞いとけよなぁ……」
「もう!えーっとね、この前の話なんだけど……」
結局眠る事は出来ず、一時間目のベルが鳴るまで二人とお喋りしていましたとさ。