肉壁・鉄柱・魔法使い with 義賊・後編
手に持つランタンの光を反射して周囲全てがきらきらと輝く。
床も壁も天井も氷に覆われたダンジョンはこの世のものとは思えない幻想的な場所だった。
ラウリーの冬季限定ダンジョンは天然由来だ。
元は街はずれのちょっとした丘に開いた洞窟だったらしいけど、地下深くにダンジョン化する原因が住みついたとのこと。
ちなみに最深部に到達した人はいないので、それが何かわかってないらしい。よくそんなところに入ろうと思ったな私たち。
「……さむい」
ともあれ、幻想的な光景の広がるダンジョンに踏み込んだ私の第一印象はそれだった。
完全に凍りついた地面。息が凍るのではないかというほどの低い気温。
消し飛んでも懐の痛まない服に毛皮のコートを重ね着してるのに、それでもなお寒い。
肉壁要員として装備にお金をかけられないのが今ほど恨めしく思ったことはない。
「ホ、ホッカイロがほしい……」
「ホ……なんだって?」
「もう! だからもっといいコート買おうって言ったのに」
「ユーライアちゃんだっていつもと同じローブじゃん」
「わたしはほら、魔法使いだし」
そう言ってユーライアちゃんがばさっとローブをまくると、中からふわりと風が吹いてランタンの火が揺れた。たぶんエアコンみたいにローブの中にあったかい風を循環させているのだろう。
魔法使いってこんなこともできるんだ。切実にうらやましい。
「とりあえずこれ。暖めておいたから」
そう言ってユーライアちゃんが手渡してきたのは、そこらへんに落ちてるような何の変哲もない石ころ。
しかし、持ってみるとたしかにほんわかとした熱を感じる。温石というらしい。
私が持っても大丈夫ということはわざわざ魔法を使わずに暖めたんだろう。ほんとユーライアちゃんはいい子だ。
「ほら、お兄ちゃんも」
「俺はいい。お前らで持ってろ」
それに比べてこの兄だ。凍傷を防ぐためにいつもの全身鎧こそ着てないけど、代わりに防寒着も着ていない。
寒くないのか激しく訊きたいけど、人類に理解できる答えが返ってくるとは思えない。あたまおかしい。
そんなおかしい人の装備はぶっとい棍棒だ。
この冬季限定ダンジョンは冬の間だけ内部の川が凍って通行できるようになる。
つまり、今、私たちが歩いているダンジョンの地面は全部氷なのだ。優に1トンはあるであろう鉄柱を持ちこんだらパリンといっちゃう危険がある。なので今回、鉄柱はお休みだ。
いや、道路標識くらいの長さで、電柱並の太さのある鉄の棍棒を振り回せる時点でやっぱり色々とおかしいが。
「においはこっちだ。足元気を付けろよ」
そう言って先頭を行く蛮人スタイルのロランさんは迷うことなくダンジョンを奥へと進んでいく。
いまだ件の義賊には出会っていない。天然由来のダンジョンは正規以外の入り口もままある。今回もその類のようだ。
逆に言えば、こっちが追いつく前に相手が脱出する可能性もあるのだが、それでもロランさんは相手のアジトを押さえることを優先することに決めた。
「ダンジョン内にいくつもアジトを用意できるとは思えねえ」
というのがロランさんの根拠だ。そりゃそうだなと思う。
それに、相手はロランさんでも追いつけない駿足だ。たぶんアジトを押さえて待ち構える方が成功率が高いだろう。
先手さえとれれば、こちらには相手の“足”を封じる“手”もある。
「ここはあんまり魔物でないね」
「たしかに。寒いからかな。トカゲとかは変温動物だし」
「へんおん……どうぶつ?」
「寒いと動けなくなる生き物のこと」
「へぇー!!」
隣を歩くユーライアちゃんが詳しく聞きたそうにうずうずし始めた。これは帰ったら質問攻めだろう。
向こうの知識がこっちでも正しいのかは疑問だからあんまり墓穴掘りたくないんだけど。ドラゴンとかいるし。
「ユーラ、そのくらいにしとけ。もうすぐアジトだ。それにこの感じ、義賊サマもまだいるぞ」
「わ、わかった」
「アオイ、マッピングはどうだ?」
「ひと通りはできてます。ただ、細かいとこは埋めてませんよ」
天然由来のダンジョンは(人間の視点でみると)意味のない横道や規則性のない造りが多くてマッピングが面倒臭い。
一応、こっちにも“常に北を向く針”――方位磁針に似た何かがあるからマッピングもできてはいるけど、素人仕事という評価は否めない。これを本州一周やった伊能さんってやっぱニンジャだったんじゃ……。
などと、益体もないことを考えていたそのとき、微かな振動とともにパラパラと小さな氷片が落ちてきた。
なんだなんだ、と前を向けば――むこうから巨大な氷岩がごろごろと転がって来ていた。
「ちょ――」
一瞬、目の前の現実を思考が受け入れることを拒否した。私は考古学者じゃないし!!
けれど、次の瞬間にはユーライアちゃんに手を引かれて半ば本能的に元来た道を走っていた。
「あ、あれ、魔法ですかね!?」
「アオイでそれを試すのは無茶だと思うよ!!」
「ですよね!!」
後ろでガリガリと壁を削りながら直径5m大の質量物が迫る音と振動がする。
ダンジョンに自生する罠、ではない。
長い直線に仕掛けられた大岩系統のトラップ、明確な悪意を感じる。
つまり、私たちは件の義賊に気付かれたのだ。
「ロランさん、どうしますか!?」
「お前らはもうちょい下がってろ」
走りながら相変わらず器用に周囲を見回していたロランさんはそう言って足を止めた。
視界から薄着マッチョの姿が消える。
慌てて振り向けば、迫る氷岩の前に立ち塞がるロランさんの姿がみえた。
「――ッ!!」
いくらロランさんが怪力といえど、高速で回転するあれに触れればタダでは済まない。留めることだって難しいだろう。
どうする気ですか、と口を開こうとした私はしかし、彼が次にとった行動にそのまま顎を落としてしまった。
「たしか、“こう”だったよな、アオイ――」
ロランさんはスパイク付きのブーツを勢いよく地面に打ち込み、
両手で握った電柱じみた棍棒を腰を捻って振りかぶり、
「――“やきゅう”ってやつはよぉッ!!」
次の瞬間、真芯を捉えたスイングが見事に氷岩を打ち返した。
◇
ずずん、と氷岩が壁に激突する振動が断続的に届く。
義賊ループレヒトはアジトを捨てて逃走に移った。
足音を殺して走りながらループレヒトは思う。探索者があんな見え見えの罠で死ぬとは思えない。
稼いだ時間でどこまで逃げられるか。それが問題だ。
さしあたっての新しいアジトも探さなければならない。
かといって冬の間の盗みを止めればスラムに餓死者か凍死者がでる。二兎を追わねばならない。悩ましいところだった。
もっとも、彼がそれを気にする必要はもうなかった。
「ん?」
ふいに隧道を進むループレヒトの勘がなにかを警告した。
半ば本能的に足を止める。それはおそらく正解だった。
次の瞬間、轟音と共に目の前の氷壁がぶち抜かれた。
「みつけたぜ義賊サマよぉ!!」
「な――」
きらきらと光を反射する氷片の中から手になにかを持った男が跳び出す。
ループレヒトは反射的に印を組んで“早駆け”の魔法を発動した。
魔力で『ものを動かす』効果を発揮するそれは、ループレヒトのような非力な者でも身の丈を超える大岩を動かし、あるいは前衛探索者を超える駿足を実現させる実用性の高い魔法だ。
「発動が早い!? お兄ちゃん!!」
「わーってる!!」
宙空を跳ぶ男が手に持つものごと勢いよく腕を振りかぶる。
投擲か、とループレヒトは下がりながら警戒し――
「よし、いけ肉壁!!」
「肉壁いきます」
――とんできた女の子を見た。
「え?」
予想外の事態に驚きで集中が乱れる。
慌てて再構築した魔法が体を再動させる。
風を巻いて跳び退り、とんできた少女を間一髪のところで避ける。
間一髪、チッ、と音を立てて少女の指がマントを掠った。
途端、氷が溶けるように彼の魔法は跡形もなく消え去ってしまった。
ずるりと速度に乗ろうとしていた足がもつれる。
「ユーライアちゃん、確保!!」
「『四肢の戒め』!!」
ごろごろ転がって受け身を取った少女が叫ぶ。
同時に、方々から伸びてきた魔法の鎖が今度こそループレヒトを捕えた。
◇
「安物でよかった……」
あちこちすりむけたコートをよよよと擦りながら私はぼやいた。
ロランさんも手加減して投げてくれたとはいえ、基準となる筋肉が違い過ぎる。
義賊さんの足を封じるにはこれが最善の“手”だったとはいえ、さすがに肝が冷えた。二度とやりたくない。
「それで、なんでわざわざ貴族から盗みなんかしたんです?」
私の尋問に、存外おとなしくお縄になっている義賊さんは真面目な表情で頷いた。
薄汚れてはいるけれど意外に精悍な顔立ちをしている。魔法を使えることといい、元はいいところの出なのかもしれない。
「スラムに冬を越せない者がたくさんいるからだ」
「ダンジョンで手に入れたお宝でいいじゃないですか」
「いや、オレは……」
なんでそこで口ごもるかなあ。
たしかに、ひとりでダンジョン攻略は難しい。かといって、スラムに施すためにダンジョンに潜るといって賛同してくれる人はいないだろう。ダンジョン攻略は命がけなのだ。
でもだからといって盗みに走っていいわけでもないはずだ。
ちょっとイラっとした。いけないと思いつつも言葉が止まらなかった。
「嫌なら貴方の魔法を教えてあげればどうですか。魚を与えるより釣りの方法を教える方がいいって偉い人も言ってますよ。しかも元手タダじゃないですかやったね」
「それもちょっと……」
「だからって!!」
「そのくらいにしておいてやれよ、アオイ。かわいそうになってきたぞ」
「……はい、ごめんなさい」
やってしまった。完全に八つ当たりだ。
自己嫌悪にうーうー唸りながら、私はすごすごと引き下がった。
「あー、それでこの人どうするんですか? 街の衛士に突き出すんですか?」
「それなんだけど……」
おずおずと手を挙げたのはユーライアちゃんだ。表情がものすごく気まずそうだ。
「この階梯の魔法使いを制御する手段はラウリーにはないと思うから、引き渡したら間違いなく殺されちゃうんだよね……」
「それは……盗みは犯罪ですけど、さすがに自業自得で済ますのもどうなんですかねえ」
「だな。そういうわけで、俺たちとしちゃアンタがもうしないってんならこの一回だけ見逃してもいいと思ってる」
熱心に追いかけてた割にロランさんはあっさりそう言った。
情に篤い、とは違う。余裕みたいなものだろうか。
ロランさんは身内以外にはドライなのに、ときたまこんな風に「自分たちの縄張りを侵さないなら好きにしろ」と言いたげな雰囲気になることがある。
とはいえ、こんな簡単に見逃すのはちょっとロランさんらしくない気もする。
まあ、その気風の良さにこの世界に来たばかりの私も助けられたので大きなことは言えないのだけれど。
「……わかった。二度と盗みはしない」
しばらくロランさんをじっと見上げていた義賊さんはたしかに頷いた。
「では、【誓約】の魔法をかけます。誓いを破ると全身の215本の骨が折れます」
「それ全部だよね? 全身だよね、ユーライアちゃん?」
「推定死罪のところを見逃すんですから、これくらいしないと」
「かまわない。誓いは誓いだ」
「承諾するの!?」
異世界はこわいところです、お母さん。
私が驚愕しているうちにユーライアちゃんはさっさと魔法をかけてしまった。
次いで、戒めも解いてしまう。元義賊さんは何事もなかったようにすっくと立ち上がり、なぜかじっと私を見つめてきた。
「なにか?」
「お前、アオイと言ったな」
「そうですけど?」
「アオイの言うこともわかる。けど、オレはスラムの奴らが冬を越せないこともわかるんだ。
たとえ今、魔法を身に付けられる奴がいても、犯罪に使うのがオチだ」
「誰かさんみたいに?」
「そうだ」
「お、おう」
真面目に返されるとさすがに悪い気がしてきた。このネタで弄るのはもうやめよう。
「だから、冬の間だけオレはあいつらを助ける。ダンジョンからお宝を取って来てあいつらにあげる。
春からは魔法を教える。春になれば街にも余裕ができる。もちろん、悪いことには使わせないようにする」
「そうですか。まあ、その、がんばってください」
「ああ」
「……そういえば、もう義賊ループレヒトは名乗れませんよね。だったら名前を――」
私の提案に元ループレヒトさんは真面目くさった顔で頷いた。
根は素直な人のようだしきっと大丈夫だと信じたい。そういう思いを込めた提案だったんだけど、これ以上は私たちの関知するところではない。
うまくやりなよ、と去っていく背中に声をかけたきり、私たちは彼に会うことはなかった。
指名手配犯を見逃したってことで、念のためラウリーの街を離れたからだ。
「……あの人にも、いつか成仏できる日がくればいいね」
次の街に向かう途中、ふとユーライアちゃんが呟いた言葉に、私は色々と納得した。
来年の冬にもう一度会ったら、今度はもう少し優しく接しよう。
◇
しばらくてして。
ダンジョンからやってきてスラムの子供たちに施しを与える“サンタクロース”なる不可思議存在がラウリーにいるという話を風の噂で聞いた。
私たちは葡萄酒のゴブレットを掲げ、勢いよくぶつけあった。
――メリークリスマス!!




