肉壁・鉄柱・魔法使い with 義賊・前編
――拝啓、異世界より
お父さん、お母さん、お久しぶりです。お元気でしょうか。
アオイは今日も元気に死に損なっています。
最近は獲った獣の解体にも慣れました。そっちに戻っても猟師としてやっていけそうです。ドラゴンとか解体できます。
こっちは色々と不便ですが、日々生きている実感だけはあります。スリル満点です。
多少余裕ができたのは、奇妙奇天烈摩訶不思議な異世界にもそれなりに順応できたからだと思います。それがいいのか悪いのかはわかりませんが……。
お土産話はたくさんあるので、再会できる日が楽しみです。
ではまた。
◇
日課の手紙というか日記のようなそれを書き終えて私は顔を上げる。届くアテもないものだけれど、こうしてたまに文章にしていないと日本語を忘れそうになるのだ。
ぐっと伸びをしてあたりを見渡せば、今にも雪の降りそうな寒空の下、街はずれの小高い丘に広がるダンジョン前広場が目に入る。
ダンジョンと一口に言ってもその成立は様々だ。魔法使いがイチから作ったり、ドラゴンが洞窟に住んだことで自然とダンジョン化したり等々。
そんな中でどこでも共通しているのは、人の管理しているダンジョンの前には広場があるということだ。
おそらくダンジョンから迷い出てくる魔物を迎撃するための場所なのだろうけど、だいたい訓練所とか探索者向けの露店とかがごちゃっと出店してて本来の用途が忘れられている感じだ。
ラウリーというこの街のダンジョンもそれは変わらない。
他の街と比べるとどこか浮ついた雰囲気があるのはこの街のダンジョンが冬の間だけ解放されているからだろう。
季節限定の四文字に弱いのは世界を問わないものらしい。多くの探索者がラウリーの街を訪れている。農閑期ということもあって街の人も探索者向けの副業に精を出しているためちょっとしたお祭りのような有様だ。
まあ、私たちのパーティもその冬季限定ダンジョン目当てで来たので人のことは言えないのだけれど。
同じ阿呆なら、というやつである。
「それにしても、ロランさんたち遅いなあ」
愚痴るように呟けば白い息がふわりと空に昇っていく。
いい加減自衛くらいはできるようになろうと、ひのきの棒でカカシを殴って訓練すること早数時間。いつまで経っても買い物やら情報収集やらにでかけたふたりが帰ってこない。
世事に長けたふたりだ。トラブルに巻き込まれるようなヘマはしないと思いたい。
と、そのとき、視界の端をものすごい速さで緑色したなにかが通り過ぎた。
ぎゅん、と空気の圧縮されるような音がした。
遅れて冷たい風が巻きあがるように追随する。巻き込まれた露店が紙屑のように吹っ飛んでいく。
「うん?」
目の前に吹きつけてきた風に反射的に首をすくめながら私は先の人影に疑問に感じた。
一瞬のことで正確には見えなかったけど、今のは人ではなかったろうか。
あの尋常でない速さはおそらく魔法によるものだろう。風自体も私に当たる前に消えていたし。
だけど、ダンジョンの外での魔法行使は禁じられている。ユーライアちゃんは目利きとかにこっそり使っているけど、見つかったら街の衛士さんたちも注意しないわけにはいかない。
探索者を喪いたくない街側としても「大っぴらに使うんじゃねえ!」というところだろう。
「なんか緊急のことでもあったんですかねえ」
どちらにしろ私にできることはない。むしろ、下手に現場に近づくと魔法行使の邪魔になる可能性が高い。私の体の魔法カット率は100%なのだ。魔力無効化体質という大仰な名前も伊達ではない。不便なことの方が多いけど。
そんなことをつらつら考えていると、ふいに街の方からどたどたと慌ただしい足音が聞こえてきた。
見れば、探索者と思しき一団が必死の形相で走って来ていた。鬼気迫る表情で抜き身の剣や槍を手にしているのが離れていてもわかる。こわい。
「おい、そこな少女!!」「お、アオイだ」
先頭にいた男の人が私を見て声を張り上げる。
周りに女性は私しかいないから、私だろう。なんだいったい。
「こっちに緑のマントを被った奴が来なかったか!?」
「すごい速いのですか? あっち行きましたよ」
「ばかもんっ、そいつがループレヒトだ!!」
「え? なんで私怒られてるんですか?」
「すまん。あとでな!!」
理不尽な罵声にイラッとしたが答えは返ってこなかった。
探索者さんたちは来た時と同じ荒々しい足音を残して去って行った。
ほんとなんなんだろう。というか、今の一団にロランさん混じっていたような――
「待ってよ、お兄ちゃーん」
再び聞き慣れた声が耳に届く。
振り返れば、先の一団に置いて行かれたと思しきローブ姿の女の子がよたよたとやって来ていた。
「や、ユーライアちゃん。どうしたの?」
「アオイ!! って、そうだった。集合遅れてごめん!!」
「別にいいけど。なにかあったの?」
私の問いに、息を整えながらユーライアちゃんは答えてくれた。
“義賊ループレヒト”、それがさっきの不確定名:緑の人影の名前だ。
義賊と言われている通り、貴族の屋敷から盗んだ金銭を貧しい人たちにばらまいているのだという。日本で言うところの石川五右衛門とか鼠小僧みたいな人だ。
とはいえ、犯罪は犯罪。懸賞金もかけられていて、街は今、大捕り物でおおわらわだという。
この地方の冬は厳しく、年によっては餓死者も出るほどで、街の住民の中には義賊の肩を持つ……つまり、お恵み欲しさに庇い立てする人も多くて捜査は難航しているらしい。
「……で、なんでその義賊を探索者が追ってるの?」
「ループレヒトも元は探索者みたいなの」
「それの何がいけないの? 探索者なんてダンジョン入れば名乗れるんだし、元探索者の人ってけっこういるもんじゃない?」
もっとも、一説によると初ダンジョンの生還率は五割を切るらしいので、いうほど簡単に名乗れるものでもないかもしれない。
けれど、ユーライアちゃんの表情は優れない。というかこの困ったような顔は私が常識知らずなことを言ったときのだ。
「アオイは元探索者の悪い人ってみたことある?」
「いや、探索者かどうかなんて見ただけじゃ……いや、でもみたことない気がする」
別にダンジョン入ったからといって見た目が変わるわけではないけど、雰囲気は明らかに違う。死線を潜り抜けたつわもの感とでも言うべきだろうか。
こっちの世界に来て早々に身ぐるみ剥がされかけた私が言うのもなんだけど、追剥よりダンジョンにでてくる魔物の最下級であるところのゴブリンの方が怖かった。
ゴブリンは子供くらいの背丈しかないし、私でも殴り殺せる弱さだ。
けれど、それでもマジ殺しにかかってくる彼らと相対して切り抜けられたのなら、色々とそれまでと同じという訳にはいかないだろう。
「探索者は普通の人が一生に一回か二回あるかないかの戦闘を何度も繰り返してるの。つまり、すごく強いの」
「へー、すごく強いんだー」
「ほんとだよ? だから、探索者を止められるのは探索者だけ。悪いことする同業者が出たら自分たちの手で捕まえるか殺すかしないといけないの」
「国の方ではどうすることもできないの?」
「お抱えの探索者がいるよ」
ですよねー。
でも、言わんとすることはわかる。ただでさえ荒くれ者の集まりである探索者がこれ以上風評を悪くすればそれこそ生きていけない。
探索者だってご飯を食べるし、ダンジョンから持ち帰った物品だって買い取ってもらわないとお金にならない。ダンジョンの外と中は共生関係にあるのだ。
「それで二人はその義賊を追いかけてるわけだ」
「うん、最低でも再犯させないようにしないと。……アオイ、ちょっと怒ってる?」
「別に怒ってないよ。ただ、私を助けてくれたのは義賊の誰それじゃなくて……その、ロランさんとユーライアちゃんだったってだけ」
「あーもーかわいいなー!!」
「むぎゅ」
突然ユーライアちゃんに抱きしめられた私は彼女のふかふかのクッションに顔を埋めた。
……なんだろうこのきょういの戦力差は。私の方がひとつふたつ年上なのに。
「わ、わかったから離して。息、できない」
「あっと、ごめんね。そんなわけで、今日の探索は中止。がんばってループレヒトを捕まえないと」
「でも、どうやって捕まえるの? ちらっとしか見てないけどすごい速かったよ。追いつける?」
「たぶん『早駆け』の魔法だから、追いかけるのは無理かな。術式は荒っぽいからたぶん我流だろうけど、階梯はそこそこ高いと思う」
そう言うユーライアちゃんも旅の魔法使いに基礎を習った以外は我流らしい。
それでも探索の度に十分に活躍できるんだから魔法使いというのは凄い。私には縁のない話というのが寂しい限りだ。
そうして二人でうんうん唸っている内に、さっきの探索者一団がすごすごと帰ってきた。やっぱりロランさんもいた。
どうやら件の義賊は見失ったようだ。
「おう、アオイ、ユーラ。待たせたな」
「お疲れさまです、ロランさん」
「このくらいじゃ腹ごなしにもなんねえよ」
「ですよねー」
言うだけ言ってみたがロランさんが疲れている様子はない。
いつもはフルアーマー着込んで走り回っている人だ。平服でちょっとフルマラソンしたくらいでは余裕だろう。
「事情はユーライアちゃんから聞きました。どうやって捕まえます?」
「においは覚えた。川にでも入られたら厄介だが……この気温じゃないだろうな」
若干声を潜めてロランさんはそう告げた。周りの探索者に聞かせたくないのだろう。
探索者由来の犯罪者を捕まえるという大目的では一致していても、完全に歩調を合わせられるわけではないらしい。懸賞金もかかっているし、抜け駆けされでもされたら面倒なことになる。
なお、においで追跡できる点をつっこんでも仕方ない。ロランさんは犬並みなのだろう。今度から頑張ってまめに水浴びしよう。
「というか、追跡できるなら……ロランさんはひとりで行っちゃう人じゃないですか?」
「否定はしねえ。ただな――」
ガシガシと髪を掻いて、ロランさんは妹とよく似た困った表情になった。
「――ダンジョンに逃げ込まれたんだ」