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掌編集  作者: 山彦八里
現実は非情である
3/19

3話、夢は熱くて切ないけれど

 いつもの放課後、そろそろ充填された煩悩が解放される頃かと身構えていた残と稔は有り得ない光景を目にしていた。


「はあ……」


 昨日まで色欲と煩悩にまみれていたあの龍之介がまるで自分はリア充ですとばかりに窓枠に肘をついて黄昏ているのだ。

 まさしく驚嘆すべき事態である。


「よし、稔、今日は雨が降る。寄り道せずにさっさと帰るぞ」

「そうですね。龍之介君が狂していないとは。台風がきても不思議じゃないです」

「お前らせめて心配するフリぐらいしろよぉ!!」


 友人たちの情け容赦ない態度に龍之介はちょっと涙目だった。


「なんだ、フリでよかったのか」

「いえ、できればお話を聞いていただきたく」


 龍之介はいそいそとブレザーのポケットから一通の手紙を取り出した。

 何度も読み返した痕が窺えるその手紙は見るからにラブレターである。

 今時珍しい古式ゆかしい告白方法だろう。


「ラブレターか。男からか?」

「やめ、トラウマを掘り返すのはやめて!!」

「なにを掘り返すですって?」

「ヤメロォ!!」


 突然尻を押さえて悶え出した龍之介には若干の憐みを感じる。

 が、この程度で罅の入るような友情ではない。友情とは時に残酷なのである。

 残は無言で話の先を促すと、いそいそと龍之介は立ち上がった。


「オ、オレはお前らとよく友達付き合いができるもんだと己の寛大さに驚いてるぜ」

「そうだな。それで、内容は?」


 友人宛のラブレターをまじまじと読む趣味は二人にはないのだ。


「告白したいので今日の5時に屋上に来てください、だってさ」

「バンジージャンプ台の横で告白とは随分とファンキーな彼女だな」

「ファンキーなのは学校の方で、彼女さんに罪はないでしょう」

「あれ、暁重工に就職した卒業生が寄贈したらしいぜ。って、それはともかく……」


 そこで龍之介は何故か言い淀んだ。断続的にこちらに投げかけられる視線は何か言いたげだ。

 チラチラ系主人公は火の中に投げ込むことを信条としている残だが、それが友人ともなれば多少は譲歩するのもやぶさかではない。

 具体的にはあと二回くらい。長いとは言えない導火線である。


「で、お前は何を迷っているんだ?」

「こういうの初めてで返事をどうしようかと思ってさ」

「断るのか。猿の癖に贅沢な」

「ちげーよ!! あと猿でもねえ!!」

「そうですよ。龍之介君は猿じゃなくて歴としたホモ……ホモなんでしたっけ、ホモ之介君?」

「しまいにゃ泣くぞ!?」

「これは失礼をば」

「ぐぬぬ……はあ、まあいいか」


 つっこみを入れるだけ入れて落ち着いたのか、龍之介から緊張の色が薄れてきた。

 少年は天パーをがしがしと掻きながら大きく息を吐いた。

 どうにもこの友人共は気遣いが遠回り過ぎて南米あたりに墜落している感がある。


「それで、今の気持ちは?」

「降って湧いたレアイベントなのにセーブができなくて困っています」

「ゲームとリアルを混同するなぞ嘆かわしい。全てのオタクに土下座して来い」

「そこまでするの!?」

「はいはい、あと30分しかないんですよ。さっさと覚悟を決めてください」

「お、おう」


 リア充イベントなどとんと縁のない人間に相談している時点で選択ミスの可能性が濃厚なのだが、龍之介にとっては幸運なことに、稔には彼の社会的地位と引き換えに色々な意味で経験値が蓄積していた。

 いつものうさんくさい笑みをやや真面目な表情にシフトして、稔は流れに流れた話の方向性を元に戻す。


「というか、相手は知ってる人なんですよね?」

「隣のクラスの浦安さんだよ」


 その名字の女子生徒には残と稔も覚えがあった。

 見た目や性格や成績は地味目だが、それでもばっちり記憶に残っていた。

 なぜなら――


「――ああ、浦安三二一か」

「フルネームはやめたげてよぉ!!」

「いや、よくいままでグレなかったなと。鼠並み、もとい人並み外れた我慢強さに感服しているだけだ」

「成人したら速攻で改名するって言ってましたよ。弟の黄熊さんと一緒に」

「それ以上いけない」

「千葉出身なのに何故か東京出身って言っていたとか」

「それ以上いけない」

「……」


 龍之介がいつになく真剣な表情で言うので二人ともこの話題から離れることにした。


「と、とにかく、龍之介君的には浦安さんと付き合うのはオーケーなんですね」

「おう。むしろこっちが土下座して頼むべきか悩んでる」

「その潔さは尊敬するか呆れるか悩む紙一重だな」

「貴方と浦安さんは図書委員でしたね。その縁ですか?」


 ローリスクで出会いイベントにありつけるぜぐへへ、と友人が宣っていたのを稔は覚えていた。

 遺憾ながら、この親愛なる友人はフラグ立てに成功したようだ。


「たぶんそうだ。図書委員って時期によっちゃけっこう暇だから一緒に宿題やったりもするし。あと、最近は夏服買いたいって言うから荷物持ちしたり、そのお礼だって夕飯作ってくれたり――」

「やっぱお前土下座しとけ」

「なんでだよ!?」

「あとは若い二人に任せて、ということですよ」


 それ以上の異論もなく、二人は鈍感野郎を屋上まで引き摺って投げ込んだ。

 ちらりと見た限り、相手も既に来ていたようなので、さっさとその場から離脱する。

 覗き見なぞすれば、見られて興奮する性質の龍之介が悪ノリするおそれがあるからだ。


「……しかし、やばいな、稔」

「ええ、やばいですね。まさか一番可能性の低いと思われていた龍之介君に先を越されるとは」

「友人としては祝福すべきだが、それとこれとは話が別だ」


 空気的に失敗のなさそうな龍之介は今は置く。

 大事なのはこれからの自分たちの身の振り方だ。


「思えば、彼は勉強もそこそこ、運動はそれなり、性格は明るく、面倒見もいい。外見のアドバンテージに油断していた我々のミスです」

「だが、ここで焦ってがっついても逆効果だ。冷静に戦況を見極めなければ」

「そうですね。最早、告白待ちなどという悠長なことは言ってられません。冷静に、的確に告白イベントを発生させて彼女を作らなければ」

「義兄さんが彼女を作ると聞いて」

「………………え?」


 硬直する稔を尻目に、残はどこからともなく現れた杏里を見て眉間を揉みほぐし、虚空を見上げて数秒悩んだ後、沈痛な面持ちで十字を切った。


「稔、アウトー。……連れて行け、好きにしていいぞ」

「ありがたく頂戴いたします」

「ちょっと!? 友人を売るんですか!?」


 いつになく慌てた様子の稔に対し、残は滅多に見せない笑顔を贈った。

 日頃の強面な風情を覆すような爽やかな笑みは稔の記憶に鮮烈な印象を刻みつけた。


「友情は見返りを求めない。つまりこれは俺の善意だ。式には呼べよ」

「この恨み、忘れませんよ!!」

「大丈夫ですよ、義兄さん。その内、なにも気にならなくなりますから」

「待ってください、杏里、肩に担がないで。というか、貴女どこにそんな力が」

「あとでじっくりお見せしますよ、ふふふ」

「達者でなー」


 ドナドナされていく稔を残はハンカチを振りながら見送った。

 あとには残だけが一人残された。


「……仕方ない。たまには早く帰ってたまにはレイに孝行するか」


 どことなく敗北感を感じながら残はとぼとぼと帰宅の路についた。




「残様はひとりじゃないわ。私がいるもの」

「やりやがったなレイ!! 戦争だコラ!!」



 少しだけ未来の日本、宇宙開拓が少しだけ進展し、AIという新たな隣人を得た世界はちょっと変わったが高校生は変わらなかった。

 彼らは今日も平和の裡に一日を終えた。



 <完>

お付き合いいただきありがとうございました!!

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