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掌編集  作者: 山彦八里
現実は非情である
2/19

2話、夢もキボーもあるにはあったが

「義妹ってサイコーだよな!!」


 今日も今日とて放課後の教室に龍之介の妄想が炸裂していた。

 龍之介の煩悩は充填式、一定量溜まったら爆発するのだ。

 一週間ぶりの友人の妄言に、打ち切られた漫画を悼んでいた残と、PDAに何事かを打ち込んでいた稔は揃って顔を上げた。


「メイドロボはもういいのか? 残念だな」

「そこで実妹に走らないあたりが貴方の限界ですよ」

「「……」」


 二人は怪訝そうに顔を見合わせた。

 と同時に、互いの顔には嘲笑によく似た笑みが浮かぶ。


「さすが変態は言うことが違うな」

「むっつりに言われたくありません。というか、まだレイを紹介してなかったんですか?」

「と・に・か・く!!」


 両手で机をバンバン叩いて龍之介は存在をアピールする。

 広く浅くがモットーの龍之介は変態濃度ではどうしても二人に劣るのだ。勢いで乗り切るしかない。


「残と稔は一人っ子だからわからんだろうが、義妹と実妹は全くの別物なんだよ。ジャンル違いなんだよ!!」

「いえ、僕は……」

「義妹ってのはなあ!! ひとつ屋根の下にいるのに血は繋がってなくて意識しちゃってでも兄妹でなんて駄目だと思いつつも段々と心は惹かれて――」

「お前にも義妹はいないだろう。帰ってこい、龍之介。一緒に日本へ帰ろう」

「遂に脳まで煩悩が回って……というか、龍之介君は愛すべき実妹の紗弥香さんに何かご不満でもあるんですか?」


 稔の何気ない一言に天を仰いで演説していた龍之介がぎょろりと目玉を蠢かせた。

 そのまま徐々に血涙を流さんばかりの悲壮な表情に変わっていく友人に稔はちょっとひいた。


「貴様に、貴様等に実妹の何がわかる!! 臭いからあっち行け、彼氏来るからどっか行け、洗濯物は自分で洗え、あげくに録画しておいたアニメもレコーダーの容量確保の為に消されて、消されて……」

「最後はお前がリスク管理を怠ったからだろ。玄人ならその日の内に視聴用と保存用にDVD焼いておくのが基本だろうが」

「というか、ちゃんとお布施しましょうよ。作画修正だってされるんですよ」

「ウォアアアアアア!!」


 友人たちの容赦ない口撃に龍之介は教室の床をのたうちまわり始めた。

 放っておくと黄色い救急車か檻付きの病院が来そうなので、残と稔は急いで教室のドアを閉めた。

 それでも龍之介は芋虫状態から変態する様子はない。

 二人はカフカ的生物からそっと目を逸らした。これも友情である。


「よっぽど録画消されたのが堪えたらしいな」

「今期のは全部録画してますし、言ってくれれば貸すんですけどね」

「まったくだ。しかし、義妹か……」


 一人っ子で、かつ、小さい頃から母親のいなかった天笠残にとってひとつ屋根の下に女性がいるというのは完全に未知の領域である。

 将来の為にもやはり予行演習的な意味でレイに女性音声を頼むべきか。

 むむ、と唸って真剣に悩み始めた残に稔が苦笑を投げかけた。


「こればかりは両親次第ですから望んで得られるものでもないでしょう。天笠家は可能性あるんですか?」

「さてな。研究一筋の父だから厳しいだろう。それに、性格的にもびっくりするほど俺の親父だ」

「そうですか。だとすると望み薄ですね」

「おい、稔」


 ようやく人間に戻った龍之介が目ざとく友人の変化を見抜いて見咎めた。

 空気の読めない残・稔コンビと、敢えて空気を読まない龍之介の違いである。


「おめえ妙に達観しているじゃんか。ははーん、さては――」

「ええ、それがですね……」


 龍之介はきらりと真白い歯が光る笑みと共にサムズアップを決めた。


「新しいゲームでも買ったな。終わったら貸してくれよ」

「……考えておきますよ」


 稔は曖昧な笑みで諸々を誤魔化した。



 ◇



「ただいま帰りました」


 午後七時、ゲーセンで龍之介の操る奥州筆頭農民を思う存分宇宙旅行させて稔は帰宅した。

 佐藤家は平凡なサラリーマンの父がローンを組んで建てた30坪のごく普通のマイホームだ。

 特筆すべきは、半年前に両親が再婚したことくらいだろう。

 そして――


「おかえりなさい、義兄さん」

「ただいま、杏里」


 艶のある黒髪をポニーテールに、やや吊り目がちな目に愛嬌を、血色のいい唇に微笑を湛えた美少女。

 佐藤杏里、半年前に親の再婚で義妹――戸籍上は正真正銘の妹だが――になったひとつ下の少女である。


 龍之介君はたいがい鋭いのに肝心な所は鈍いですね、と稔は心中で苦笑した。

 どんな化学反応が起こるかわからなくて彼にはまだ義妹の存在を伝えていない。

 こうみえて稔は、稔視点においては友人と平穏を愛する善良な高校生なのだ。


「お風呂先入りますか?」

「いえ、杏里が先に入っていいですよ」

「別に遠慮しなくていいんですよ? 外暑かったし汗かいてるでしょう」


 言葉だけ訊けば気の利く妹の言葉であるが、稔はジト目と警戒を解かない。


「先に入るとあなた乱入してくるじゃないですか」

「この前のは義兄さんがまだ入ってることに気付かなかっただけです」

「風呂の電気付いてたじゃないですか」

「てっきり消し忘れかと」

「着替え置いてあったでしょう」

「私のログには何もないです」

「それに貴女のノックに返事しましたよ、僕は」

「『中に誰もいませんよ』って言ったじゃないですか、義兄さん」

「……冗談だったんですけどねえ」


 じゃれあいつつも義妹の魔の手を逃れ、稔は二階の自室に潜り込んだ。

 念の為、鍵をかけてから部屋着に着替える。


 自身の城への籠城に成功したことで稔はほっと一息ついた。

 家の中で気を抜けば捕食される。

 半年の同居生活を経て、稔はそれを確信していた。

 杏里が何故、義兄を社会的に抹殺しようとしているのかは定かではない。

 理由のわからない好意がこれほどまでに恐怖を呼び起こすものであったとは稔の目をもってしても見抜けなかった。

 ここで「やれやれ」とか「え、なんだって?」とか言っていてはあの肉食系義妹に(性的な意味で)食われるだけだ。何か対策を考えなければならない。


 そのとき、ふと壁際の本棚に詰めてある漫画の配置が変わっていることに稔は気付いた。

 整理整頓が趣味の一部と化している稔は部屋の掃除は自分でしており、義母が入って来ることはまずない。

 とすれば、十中八九、杏里の仕業だろう。

 あれでなかなか計算高いところもある娘だ。こうしてわざと痕跡を残している可能性も否定できない。

 読み耽って元の配置を忘れた可能性と五分五分とみていいだろう。


「……」


 しかし、ベッドに設置した枕がひとつ増えているのはさすがにわざとではなかろうか。

 杏里愛用のYES枕は妙な存在感を醸し出し、これ以上ない肯定の感情を示している。

 それに触れることは(社会的な)死を意味する。

 かといって、このまま触れずに置いておけば「合意とみてよろしいですね」となり夜のロボトルが始まりかねない。

 稔は意を決してYES枕をひっくり返した。


 裏もYESだった。


「見ましたよ、義兄さん」


 ほぼ同時に、耳元に艶めかしい声が囁かれた。

 恐怖と驚愕が感じながら、稔はゆっくりと振り返った。


「杏里、どうして? 部屋には鍵をかけていたのに」

「義兄さんらしくないミスですね。私の部屋とこの部屋、同じ扉なんですよ。ドアノブと一体型の鍵くらいどうにでもできると思いませんか?」

「鍵を……取り替えた……?」


 呆然と呟く義兄に、義妹はこれ以上ないほどの……これ以上ないほどの捕食者の笑みを向けた。

 義妹の格好は先程よりも薄着だ。上半身など殆ど脱ぎかけで鎖骨の浮き出た白い肩が剥き出しになっている。

 風呂に入ろうとしていたのだろうが、相対する稔には捕食の為にトランスフォームしたようにしかみえなかった。


「と、とにかく誤解です、杏里、落ち着いて話し合いましょう。早まっちゃいけない」

「私が見たのは、義兄さんが枕をひっくり返してYESにするところからなのですが、誤解があるんですか?」

「また随分と都合のいいところだけ見てますね。ですが、僕の尊厳はYES/YES枕などという姑息な手で奪えるほど安くはありませんよ」

「ふふ、おかしな義兄さん。この枕はちゃぁんとNOも印字されてますよ」


 そう言って杏里が手にとったYES枕の裏側はたしかにNO表記になっていた。

 稔の顔が引きつった。背筋を嫌な汗が流れ落ちる。


「あ、杏里……」

「大丈夫ですよ、義兄さん。天井に張ったポスターでも眺めていれば終わりますから、ね?」

「違う、そうじゃない。駄目です、杏里。だ、駄目――――」



 その晩、ひとつの小さな流れ星が夜空を流れていった。



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