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掌編集  作者: 山彦八里
よみきり
18/19

年末だよ全員集合

トシコシダー

 田舎の年越しというのは自由なものだ。

 除夜の鐘を鳴らしてくれるお坊さんもいないので、年明けの地元寺に集まって、酒呑んで管巻くくらいしかすることがない。

 とはいえ、それでも準備しなければならないものはある。

 眠い目をこすって初詣に来た子供たちに配るお菓子とジュース。

 あと、へべれけて凍死しかけるご老人どもを溶かす石油ストーブと火鉢。

 電気も通っていない山中の寺故に、石油と木炭が生命線だ。


「去年はキャンプファイヤーして老人会に怒られたからな……」


 どぉれあったかくなっただろう、などと妄言を吐きながら盛大に燃やした去年の年明け。

 その犯人こと乙黒信吾は、ぼやきながらもお菓子の袋詰めを終えた。

 限界集落に片足つっこんでいるこのあたりでは動ける人員は少ない。どうしても里帰りしてきた若者がパシられる。

 それでも信吾が子供の頃は地元の老人たちが率先して働いていたが、今時分にそんなことをすれば翌朝冷たくなって発見されるだけだ。

 やはりキャンプファイヤーが必要なのではないだろうかと考えながら、サンタクロースばりのお菓子袋を担いで信吾は玄関を出た。


「……さ、寒い」


 12月31日の深夜。気温、実に3度である。

 防寒設備の整っている北海道の方が実質暖かいのではないか、と思う程度には寒い。

 やっぱ燃やそうかなあ、などと信吾が犯行計画をぼやいたそのとき、


『――ますか……聞こえますか、信吾よ』


 おお、ブッダ・ハレルヤ・バルバトス。

 年末から地元孝行に励む信吾に神の声が届いたではないか。


『わたしは鏡餅のみかんの精』

「待て」


 訂正。少なくとも神ではなさそうだ。

 信吾の胡乱な視線は開けたままの玄関脇、靴箱の上に鎮座する鏡餅に向けられた。

 そこにあるのは、商店街デストロイヤーこと大型スーパーで買ってきたなんの変哲もない鏡餅と、従兄からダンボールで届いたみかんシリーズの一個だ。


『わたしは鏡餅のみかんの精』


 冷たさを増していく信吾の視線にめげず、自称・鏡餅のみかんの精は二度名乗った。

 堂々とした名乗りであった。

 信吾は無言で鏡餅からみかんを取り上げた。


『わたしの体どこおおおお!!』

「体はそっちなのか……?」


 余人には理解しがたい生態である。信吾は慌ててみかんを鏡餅の上に戻した。


『ふう……さ、さて、信吾よ。あなたにお願いがあります』


 めげない精である。


『これから向かう寺にわたしを連れて行ってください。そこに我が妻がいるのです』

「お前は男なのか……」


 つっこみどころが多過ぎる現状に対し、信吾が発することのできた疑問はそれだけであった。

 とはいえ、このまま鏡餅のみかんに喋られ続けても困るので、やむなく信吾はあいた片手に鏡餅を乗せて家を出発した。


「……暗い」


 田舎なので当然街灯などない。

 電柱すら去年雷が落ちて焼けるまでは木製だった。田舎の悲哀である。

 加えて、両手がふさがっているので懐中電灯をつけることもできない。

 寒風吹きすさぶ中、信吾は月明かりを頼りに、おっかなびっくり歩き出した。


『落とさないでくださいよ』

「お前は自分で歩けないのか?」

『自分で歩いてほしいですか?』

「……遠慮してくれ」


 どうやって歩くのか気になった信吾だが、これ以上SAN値が削れるのは危険だと判断した。

 賢明である。



 ◇



 目的地の寺までは徒歩で10分ほどだった。

 ガードレールなどない用水路やさりげなく設置された肥溜めといった田舎トラップを記憶頼りに回避しながら、信吾はどうにか山中の寺に辿りついた。

 年季の入った鳥居(寺だけどある)にはすでに門松が添えられ、吹き抜けの本堂にはお供え物という名目で酒樽や米俵も運び込まれている。

 今からアルコール入り凍死者が出ないことを祈るばかりである。


「お前の妻とやらはどこにいるんだ?」

『あなたから見て西北西の場所です』

「……米俵しか見当たらないのだが?」

『ですから、彼女が妻なのです』

「…………米俵は女なのか」


 餅つき用の米である。

 もはや理解を放棄した現実の中で信吾は呻き、それでも最後の良心を振り絞って米俵の上に鏡餅とみかんを置いた。

 途端に、米俵がわっさわっさと震え出した。

 みかんの精を歩かせなくてよかったと、信吾は10分前の己の決断に感謝した。


『ああ、あなたは鏡餅のみかんの精!!』

『そして君は米俵!!』


 信吾は死にたくなった。

 だが、ここまで来て結末を見届けない訳にもいかぬと、年末の精神力を総動員してまなこを開いた。


『幾歳も、幾歳も、お待ちしておりました』

『わたしもだ、米俵』


 感動の再会を果たした二人(?)は眩い光を放ちながら徐々にその姿を薄れさせていく。


『感謝します、信吾よ。そしてお別れです。どうか健やかな一年をお過ごしください』

『そして私は米俵』

「今年よりはマシな年になるだろうな」


 信吾の心からの感想に、木霊のような幽かな笑い声が返ってきた、気がした。

 ふと気付けば、米俵と鏡餅のみかんは消え、その場には鏡餅だけが残っていた。

 ……。

 …………。


「か、体置いていきやがった……!!」


 我に返った信吾が叫ぶが、応えるものはもういなかった。

 ひとまず信吾は火鉢に火種を入れて、木炭を熾した。

 さすがにこの鏡餅を食べる気にはなれなかった。

 となれば燃やすしかない、と信吾が犯行を決意したそのとき、


『――ますか……聞こえますか、信吾よ』


 おお、ブッダ・ハレルヤ・バルバトス。

 年末から奇々怪々に遭遇した信吾に神の声が届いたではないか。


『我は木炭、明日この世界を焼却する』

「待って」


 信吾の年末はまだ終わらない。



三題噺:米俵、鏡餅のみかん、木炭


良いお年を!


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