お肉が食べたい
今回はホラー味
「今日はアズミお姉ちゃんのふたつ目の誕生日よ」
買い物から帰って来た母さんはそう言って、ケーキとシャンパンをテーブルに置いた。
いちごのショートケーキ。姉さんが好きだったケーキだ。
チョコレートの板には「お誕生日おめでとう!」の文字。立てたローソクは12本。
ふたつ目の誕生日の意味はわからなかった。生まれた日はひとつじゃないのだろうか。
けど、母さんがそう言うならと僕も頷いて食卓についた。
ふたりきりの夕食。つけっぱなしにしていたテレビではニュースが繰り返されている。難しい言葉が多くて僕にはまだよく分からない。
会話もあまり弾まない。話しかけても母さんは上の空で、ぼうっとテレビをみている。
仕方なく、切り分けられたショートケーキをひと口食べる。
舌に触れたクリームがどろりと溶けて、奥のスポンジ生地に沁みこんでいく。
正直、僕はこの甘い味がどうにも好きになれなかった。牛乳は大丈夫なのに不思議だ。
これがどうして姉さんの好物なのかも、よくわからなかった。
それでも、残すと母さんが悲しそうな顔をするので、シャンパンで流し込むようにして食べていく。
シャンパンのしゅわしゅわした炭酸の感触と、少しだけ感じる苦味は嫌いじゃない。
ほんとはもっと苦い飲み物が好きなんだけど、それを言うと母さんが怒るので黙っている。
その日の夕食もどうにか全部食べられた。
「カンナは、その、明日の夕食は何がいい?」
食器を洗っていると、相変わらずテレビを見ていた母さんがおずおずと尋ねてくる。
少しだけ迷う。
うちがあまり裕福でないのは、テレビを見ていればなんとなくわかった。
だから、グルメ番組でやっているような高価な料理をリクエストするのは躊躇われる。
何がいいだろう、と悩む。けど、これというのは思い浮かばず、結局ぼくはいつものように答えた。
「僕はお肉が食べたいな」
◇
次の日の夕食は豆腐だった。
「豆腐は大豆でできてるの。大豆は畑のお肉って言われてるのよ」
そう言って、母さんは誤魔化すように笑った。
少しだけ不満だったけど、だだをこねるのは子供みたいで嫌だったので、僕は黙って鍋の中で泳ぐ豆腐を掬った。
豆腐の味は嫌いじゃない。僕は何もつけずに食べるのが好きだ。口の中がさっぱりするから。
でも、ほんとうはアブラの味がするお肉が食べたかった。
ちょっと固いお肉に歯を立ててぶつりと裂くあの感触が好きだった。
そう言うと、母さんはまた困ったように笑った。
困らせるつもりはなかったのだけれど……。
お肉はやはり貴重な物らしい。ぜいたくは言えない。言えないけど。
それでも僕は、お肉が食べたかった。
◇
「今日はお惣菜が売れ残ったから貰って来たのよ」
数日後、パートから帰って来た母さんはそう言って、テーブルに温めたカキフライを広げた。
「カキは海のミルクって言われているのよ。カンナは牛乳好きでしょう」
「……うん」
別に牛乳が好きな訳じゃない。嫌いじゃないだけだ。
でも、それをやつれた様子の母さんに言う気にはなれなかった。
無理してるのだろうか。僕にできることがあれば言ってほしい。
けど、それとなく訊いても「家事をしてくれるだけでありがたいわ」と母さんは困ったように笑うばかりだ。
カキフライはたぶん、はじめて食べたと思う。
衣の中にちゅるりとした歯ごたえの身が入っている。
のどに残る濃い味が少しだけお肉に似ていて割と好みだった。
でも、海のミルクというからには、これが海の中を泳いでいるのだろうか。魚のようなヒレもないし、あまりうまく想像できなかった。
今度、テレビでやっていたらよく見ておこう。
ああでも、やっぱりお肉が食べたい――。
◇
その日の夕食は念願のお肉だった。
のこぎりで大雑把に切り分けてお皿に乗せる。
零れそうになった飲み物も、どうにかグラスで受けとめる。
シャンパンよりも苦くてどろりとしたこの飲み物が僕がお肉の次に好きだった。
「いただきます」
きちんと手を合わせ、お肉にかぶりつく。ずっとこれが食べたかった。
はしたなく口元を汚してしまったけど、テーブルの向こう側に座っている母さんはなにも言わない。
以前よりも少なくなってしまって、やっぱり大変なんだろうか。言ってくれないとわからない。
でも、僕だってテレビをみて、勉強しているのだ。
こういうときは、自分から率先して訊くのが良い子なのだと知っている。
だから、
「母さんは、ふたつ目の誕生日には何が食べたい?」
やっぱり母さんは答えてくれない。
でも、僕はもう知っている。外にはたくさんお肉がある。
だから、明日の夕食もお肉にしよう。
三題噺
お題:豆腐、カキフライ、犠牲、シャンパン