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掌編集  作者: 山彦八里
よみきり
15/19

ひとうばん

 あるところに、おじいさんとおばあさんと首が飛ぶ少女がおりました。


 おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に、首が飛ぶ少女は麓の村へおつかいに行きました。

 さて、村へ行く途中、首が飛ぶ少女は財布を忘れたことに気付きました。

 これでは買い物ができません。時代設定が曖昧ですが、通貨制度はきちんと成立しているのです。


「お財布を取りに帰らないと!!」


 少女はそう言って、えいやと首と胴体を切り離しました。

 首が飛ぶ少女は首だけで単独飛行ができる独立型旋頭ユニットなのです。

 首から垂れ下がっている大腸から小腸にかけての曲線がキュートだと村でもいろんな意味で評判です。

 胴体にはそのまま村へ行くように指示しておき、少女は首だけでびゅびゅーんと家へもどりました。


「どこにしまったかなー」


 分離した頭に肺は付属していませんが、少女は喋ることができるようです。

 設定が曖昧な昔話っていいですね。


 暫くして、少女はふよふよと家の中を探してお財布を見つけました。

 ついでに、ガンラックに掛けられている護身用拳銃にも気付きました。


「おじいさんったら、山に入るのにハジキ忘れるなんておっちょこちょいね!!」


 少女はふんすと鼻息を荒くして憤慨しました。

 最近、山には飛頭蛮なる妖怪が出るから気を付けろと、少女が木の実を採りに行く度に口を酸っぱくしていたのはおじいさんなのです。

 飛頭蛮なる妖怪がどんなのかは教えて貰えませんでしたが、おじいさんが言うからにはきっとおそろしい妖怪なのでしょう。

 こうしてはいられません。

 少女は拳銃にセーフティがかかっていることを確認すると、銃口をむんずと咥えて持ち上げました。

 こめかみを弾くよりも口に咥えた方が確実だという、テキ屋のお兄さんの助言が役立ちました。


「おじいさんどこー?」


 上空から山を俯瞰しながら少女はおじいさんを探しました。

 拳銃を咥えたまま喋れるあたり、少女は腹話術の達人のようですね。お腹は付属していませんが。


 そのとき、どこからか「ひええええ」という悲鳴が聞こえました。

 おじいさんの声です!!

 少女は声のした方に首を飛ばして、遂におじいさんを発見しました。

 おじいさんは上空を見上げて腰を抜かしているようでした。


「ひ、飛頭蛮!!」

「え!? どこどこ!?」


 なんという急展開!! もう飛頭蛮が現れたようです!!

 少女は慌てて周囲を見回しますが、周囲にはひとっこひとりいません。


「飛頭蛮なんていないわよ、おじいさん」

「ひいいっ!!」


 上空から近付いてみてもおじいさんの反応は変わりません。

 あっ、と少女は気付きました。

 これはアレです。痴呆とか夢遊病とかいうやつです。

 超少子高齢化、老老介護、限界集落。

 そんな単語が少女の脳裡で肩を組んでラインダンスを踊ります。

 来るべき時が来てしまったのか、少女ははらりと涙を流しました。

 でも大丈夫です。おじいさんとおばあさんには少女がついているのです。老老介護にはなりません。


「おじいさん、お家に帰りましょう」


 少女は殊更に優しく声をかけました。

 拳銃を咥えた首だけ少女がゆっくりと近づいて来る姿に、SAN値はもう限界です。

 堪え切れず、おじいさんは白目を剥いたままばたりと倒れてしまいました。


「おじいさん!?」


 少女は慌てて駆け寄りました。足はないので比喩表現です。

 おじいさんはひゅーひゅーと危険な呼吸音を発していますが、まだ息はあるようでひと安心です。

 しかし、ここは山の中。おじいさんをこのままにはしておけません。

 少女は首から垂れ下がった大腸をおじいさんに巻きつけると、うんとこしょ、どっこいしょと運び始めました。

 家までの道のりはまだまだ遠いです。

 汗とも涙ともつかない雫が頬を流れます。

 それでも少女は挫けません。

 歩き続ければいつかは家に辿り着くと信じているのです。足はありませんが。


 なお、大腸に絡め取られて運ばれているおじいさんを見て、川から帰る途中だったおばあさんが卒倒しました。

 少女は泣き言も言わず二往復しました。えらいですね。

 ふたりが起きたらうんと褒めて貰うんだ、と少女はまだ見ぬ未来に想いを馳せて、咥えたままだった拳銃をガンラックに戻しました。



 後日、麓の村が首なし死体が徘徊しているという噂で持ちきりになりますが、それはまた別のお話になります。

 ちゃんちゃん。





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