ノーマンズウォー
この世界はゲームらしい。
まだ両親が存在していた頃にそう聞かされた。
VRMMO、ログアウト不可、デスゲーム、現実からの隔離。
両親は色々なことを教えてくれた。その全てを僕は理解できたわけじゃなかったけれど。
そして、ある日、ふたりは忽然と消えた。
僕だけがこの世界に取り残された。
僕の名前はペインス。
両親の間に生まれた子供――らしい。
◇
朝、空から聞こえてきた爆音で僕はスリープモードを解除した。
周囲は眠る前と同じうっすらと雪の積もった廃墟。
北大陸にある『戦区』のひとつだ。
両親がいないと僕は『街区』に入れないので、こうして定期的に睡眠で疲労度を回復させないといけない。
眠っている間は無防備なので見張りを置くようにと両親に教えられたけど、懸賞金のかけられている身の上ではそれも難しい。
所有者のいない所有物は存在してはならないモノ、らしいのだ。
知ったことではない。僕は両親に「自分を守れ」と教わったのだ。
崩れかけた扉の影から頭上を窺う。
どんよりと曇った雲の下を特徴的な可変翼のSa-24戦術爆撃機“フェンサー”が旋回している。
この戦場の支配権を持つ上位NPC――『ノーマン』のひとりクロイツェフの配下エネミーだろう。
フェンサーは何かを探すように戦区頭上を行き来している。
父曰く「現実の戦術爆撃機はあんなにノロくない」らしいが、あいにく僕はこの世界のフェンサーしか知らない。
つまりは、獲物だ。
アイテムボックスからRPGを実体化。
肩に担いで光学式照準器をONにする。
放っておけばフェンサーのパイロットは廃墟に潜む僕に気付くだろう。
だから、その前に撃墜する。
フェンサーがのろのろと旋回を始めた瞬間、僕はトリガーを引いた。
凄まじい後方噴煙とともにロケット弾頭が一直線に飛んでフェンサーの横腹をぶち抜く。
両親譲りの命中力は僕の秘かな自慢だ。
黒煙の尾を曳きながら、制御を失ってくるくると回りながら墜落していくフェンサー。
ダイアログに撃墜の知らせが届いたのを確認して、ドロップを回収しに僕は動き出す。
街区のショップを利用できない僕にとってはノーマンの配下エネミーが落とすドロップが生命線なのだ。
使い終わったRPGを廃棄、カラシニコフを実体化させて初弾を装填、防寒コートの肩に吊るす。
フェンサーの撃墜は戦区に展開している他のエネミーたちも目撃していることだろう。
手早くドロップを回収して離脱しなければならない。
「けど……」
スタミナに注意しつつ小走りに駆けながら、僕の思考にはひとつの疑問があった。
あのフェンサーは何を探していたのだろう、と。
ノーマンの敵はプレイヤーだ。彼らはプレイヤーを倒し、あるいは倒されるために存在する。
僕のような『ユニット』を見かけても攻撃してはくるが、それもプレイヤーの所有物だからだ。わざわざ捜しになど来ない。
彼らが捜すとすれば、それはプレイヤーだ。
しかし、この世界からプレイヤーと呼ばれる存在は絶えて久しい。
彼らは僕の両親と同じように、ある日、忽然と姿を消したのだ。
両親がずっと傍にいてくれるようになる前は、度々いなくなっていたけれど、一斉に消えるというのは珍しい。
そして、それ以来、僕はプレイヤーに会ったことはなかった。
◇
フェンサーの墜落現場で僕はいくらかのドロップを回収した。
できれば、クラッキングしてこいつの“探し物”を確認しておきたかったけれど、機首から地面に突っ込んだ機体相手ではさすがに無理だった。
今はとにかく、この場を離脱するのが優先。
あとはどこでドロップ品を捌くべきかと、次の行き先を考えていた、その時、レーダーに複数の反応がポップした。
小型エネミーの赤点が8つ、それに追われている青点が1つ。
――青点、すなわち友好的なプレイヤー!!
僕は救助の為に即座に行動を開始した。
迷うことはない、僕が両親から教えられた大原則は3つ。
――「プレイヤーを守れ」「両親の言いつけを守れ」「自分を守れ」
僕は、久方ぶりに両親の言いつけを守れることに歓喜した。
走る。走る。走る。
スタミナの限りに走って、ギリギリのところで逃げるプレイヤーに追いついた。
僕のメモリーが正しければ、3年と17日ぶりに会ったプレイヤーだ。
「こっちに来て」
「ッ!!」
必死の形相で走っていたプレイヤーはボンデージ姿の少女だった。
雪の色に似た銀の髪と白い肌に、ぴったりと張り付いた赤色の拘束服がよく似合っている。
女性プレイヤーに会ったらとりあえず「よく似合っている」と言っておけと父に教わったし、間違いはないだろう。
しかし、武器も実体化させずに戦区にくるなんて愚かとしか言いようがない。
僕はアイテムボックスから予備のカラシニコフを実体化させると、トレードウインドウを開いて少女に無償譲渡した。
その際に、彼女の名前が『アリス』ということを知った。これはいい情報だ。
「アリス、戦闘のチュートリアルはいる?」
「今そんな場合じゃないよね!? ……って、ペインス? 君はペインスかい!?」
「はい、これはペインスです」
「ああ、そのふざけた応答設定はたしかにペインスだ!!」
走りながら、アリスは破顔して飛びつくように抱きついて来た。
互いが腰だめに抱えたカラシニコフがぶつかってがちゃがちゃと音を立てる。
どうやらアリスは僕を知っているらしい。
ということは、僕の所有者のことも知っている筈だ。
彼女を助けに来てよかった。やはり両親の教えは正しかった。
抱きついたアリスをそのまま抱えて廃墟に戻る。
予め目をつけておいた交戦に適した地点でアリスを下ろすと、彼女は手慣れた様子で街路脇の廃車の裏に屈みこんだ。
プレイヤーは総じてエネミーより耐久力が低い。撃ち合うには遮蔽が必要だ。
僕もアリスの隣に体を潜り込ませる。ユニットはプレイヤーより更に脆いのだ。
「アリス、エネミーはなに?」
「スカウトドールだけ。弾はどれくらいある?」
「500発」
「ユニットだとやっぱり所持制限きついな。とりあえずマガジン3つ頂戴」
そういえば、弾を渡してなかった。
プレイヤーはみんな沢山弾丸を所持していたので、弾を渡すのは初めてのことだ。
再び無償トレードすると、アリスは手早くカラシニコフをリロードする。
彼女はそのままボンネットに銃床を載せるようにして照準を覗きこみ、次いで端正な顔をわずかに顰めた。
「このキャラのDEXだとARは狙って当てられないか。ペインス、私は追い込みに専念するからそっちで仕留めて」
「了解」
「エネミー距離」
「あと600m」
「150mで仕掛けるよ」
「わかった」
答えながら、少しだけ驚いた。
アリスは殆どニュービーみたいなステータスのようだけど、それに反して指示は的確だ。
僕は両親と一緒に戦っていた頃のような気持ちでカラシニコフを構えた。
そのうちにエネミーが視界でも捉えられる距離まで近づいて来た。
見た目は粘土色をした、球体関節も露わな等身大の人形。
スカウトドール。
両手の指の先がそのまま機関銃になっているクロイツェフのお気に入り。それが8体。
彼らが150mまで仕掛けると同時にアリスはトリガーを引いた。
銃口が宙を薙ぐように横一線を描く。
眩い発射炎がアリスの身を戒めるボンデージに鈍く反射する。
3秒の内にフルオートでばら撒かれた30発の弾丸はしかし、彼女のDEXの低さも相まって人形たちに有効打を与えることはなかった。
しかし、機械的に同じように緊急回避を行った8体は、僕の銃口の前に重なるようにして着地した。
完璧な追い込みだ。
その時になってようやく、人形たちは両手の機関銃を構えるが、遅い。
僕はただ引き金を引くだけでよかった。
廃墟に銃声が木霊する。
ダイアログがエネミーの撃破を通知する。
あとには8体分の残骸とドロップ品だけが残った。
◇
「君に会えてよかったよ、ペインス。さすがに寝室キャラで戦区にでるのは無茶だったわ。
いや、街区もいつのまにかノーマンに占領されてたから、残ってても詰みだったんだけど」
廃墟を後にして、エネミーの感知範囲から逃れることしばらく。
ようやく一息ついたところで、アリスはあっけらかんとして言った。
そして、笑みのまま手を差し出した。
「改めて自己紹介しよう。私はアリス。覚えてる?
といっても、こっちはサブ垢なんだけど。メイン垢は凍結されててね」
「はい、これは――」
「それはいいから」
アリスの柔らかな手を握り返しながら、僕は自己のメモリーの中をひっくり返す。
僕はこのプレイヤーの、父の言葉を借りれば「中の人」と面識があるらしい。
十中八九、両親のどちらかのフレンドだろう。記録していた名前がいくつかヒットした。
「あー、†宵闇†さん?」
「そっちじゃない。というか、いま君それどうやって発音したんだい?」
「じゃあ、オレオさん?」
「そうそう!! 覚えててくれて嬉しいよ、ペインス」
アリスは笑って肩をばしばしと叩いてきた。
その馴れ馴れしい仕草には覚えがある。
けれど、“オレオ”は髭の生えた大柄な男性だったので、小柄な女性の外見をした“アリス”とはいまいち認識が一致しない。
「しかしホント、いきなり君に会えたのは僥倖だ。ねえ、ペインス――」
そこで意味深に言葉を切って、アリスは「妖艶な」――父が母のこのフェイスパターンをそう表現していた――笑みを浮かべた。
「――両親に会いたくはないかい?」
お題
・銃
・対人要素なし、自分に懸賞がかけられている、MPK
・ボンデージ
・カラシニコフ(AK-47)、RPG-7、Su-24M(飛行機)
・「お前あいつのサブキャラだったのか」ネタ