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掌編集  作者: 山彦八里
現実は非情である
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1話、夢ぐらい見させてください

少しだけ未来の日本、世界はちょっと変わったが高校生は変わらなかった。

 

「時代はメイドロボだよ、な!!」


 夏休みを目前に控えた七月中旬。

 放課後の教室でだべっていた三人の男子高校生の一人、白砂淵龍之介が唐突に妄言を吐きだした。

 ゆるく天然パーマした茶色の短髪の中には今日も今日とて煩悩と妄想が詰まっている。

 だが、それも仕方のないことだろう。

 彼らは押しも押されぬ高校二年、概ね色欲溢れるお年頃である。


「だが断る。暁重工が開発中の介護ロボ、限りなくAIに近付いた擬似知性、この二つがあればオレの夢は叶うんだ!!」

「夢は夜に見ろよ」

「過去、多くの男たちが夢想したロマンに、オレが、オレこそが到達するんだ!!」

「……」


 長身に刈り上げた黒髪を載せた天笠残は一言で斬り捨てた。

 が、ちょっと猿っぽい親愛なる友人には効果がなかったようだ。

 ひとりむなしく気炎を上げる龍之介にそれ以上かける言葉が見つからず、残は手元の漫画雑誌に視線を戻した。

 時代が変わっても打ち切りレースは続く。

 友人の妄言よりも奥付の目次ページを確認することの方が大事なのだ。


「メイドロボですか……ハードソフト両方で5000万円くらいですね。

 特別動産にあたるので毎年5%、250万円が課税される計算になりますね。大した夢ですよ、ホント」

「夢ぐらい見させろよ!!」


 残るひとり、うさんくさい笑みを浮かべる佐藤稔の言葉に今度こそ龍之介は撃墜された。

 魔の十週目も首の繋がっていたお気に入りの不人気漫画に胸を撫でおろしつつ、ここぞとばかりに残も追撃をかける。


「物納するなら小指を詰めたら丁度いいくらいか」

「やめろォ!! 変態とむっつりの癖に現実突きつけんじゃねええええ!!」


 じゃねえええ……じゃねええ……。

 学生鞄を引っ掴んだ龍之介は涙声のドップラー効果を残したまま教室を走り去っていった。

 学年でも上位の健脚を誇る龍之介の姿はあっという間に見えてなくなってしまった。


「龍之介君は今日も元気ですね」

「放っておくとイジけるぞ、あいつ」

「そうですね、僕らも行きましょうか」


 苦笑し合う残と稔はどちらともなく帰り支度を始めた。

 なんだかんだでつるむことの多い三人は予定がない時は連れだってゲーセンに行くのが日課だ。

 地元デパートの一角にある格ゲー専門の寂れたレトロゲームコーナーが彼らのホームにあたる。

 たまに地元出身の教師が来ることもあるが、よき対戦相手だ。


「しかし、メイドロボか、暁重工なら作れそうなのが恐ろしい所だな……」


 忘れ物がないことを確認していた稔は、ふと残の零した言葉に意外そうな顔をしておどけてみせた。


「おや、天笠君がエプロンドレスとガーターベルトに興味がおありとは新発見です」

「うるせえ、お前の義妹けしかけるぞ」

「やめてください。このごろ本気で貞操の危機を感じているんですから。寝る時に自室の鍵をかけるなんて生まれて初めてですよ」

「話を聞く限り、半分はお前のせいだと思うけどな」


 隣で本気で困った表情をする稔をみて残は肩を竦めた。

 三人は中学からの付き合いだ。それなりに互いの家庭事情も教え合っている。

 傍からみれば言い合いのような言葉の応酬も、彼らにとってはコミュニケーションの一手段なのだ。


「ところで、変態というのはお前のことだよな?」

「その場合、貴方がむっつり認定されるんですが、そこの所どうですか?」

「……」

「……」

「……とにかく尋問だな。尋問にかけよう」

「賛成です」


 その日、場末の寂れたゲーセンにひとりの少年の悲鳴が響きわたった。


 彼らは今日も平和だった。



 ◇



 午後七時、海賊版ROMの2002で思う存分ジェノサイドなカッターをお見舞いした残は満ち足りた気分で帰宅した。単技8割をプレイアブルキャラにするのはさすがにどうかと思うが、それはそれ。

 いつも通りマンションの入口で網膜認証のロックを解除し、三階にある自宅の扉を開ける。


「お帰りなさいませ、残様」

「ただいま、レイ」


 玄関を開けた所で待機していた介護ロボのレイに挨拶を返す。

 “知性の閃き”という願いを込めて名付けられた介護ロボは防菌エプロンを軽く押さえて恭しく一礼した。

 これを見た龍之介はどんなリアクションをとるのだろうか。怖くて最近は家に呼んでいない。


「お風呂はもう湧いていますよ。御夕飯は32分後になります」

「あいよ」


 リビングに学生鞄を投げ込みつつ、残は風呂に直行する。

 父親との二人暮らしで、その父親も研究室に籠りきりで滅多に帰ってこない関係から、天笠残は殆ど一人暮らしの状態だった――半年前、この介護ロボが家に来るまでは。


 シャツと下着を洗濯機に叩きこみ、全裸になって浴室の扉をあける。

 熱めの風呂を好む残に合わせた湯は、浴室にいるだけで汗が吹き出てくるほどだ。


「パーフェクトだ、レイ」

「お背中もお流ししましょうか?」

「ッ!?」


 予想だにしない声に残は慌てて振り向いた。

 見れば、少しだけ開いた浴室の扉から介護ロボの赤い光を放つ目がちらりと覗いている。

 無機質なカメラアイがちょっと怖い。


「……イエ、ケッコウデス」

「そうですか。では、ごゆるりとお寛ぎください」


 音もなく閉まる浴室の扉を横目に、残は溜め息を吐いた。

 残だって欲多き男子高校生だ。龍之介の気持ちもわからないわけではない。


 メイドロボ、いいじゃないか。男のロマンだろう。

 死ぬまで美しいままのメイドさん、自分だけのメイドさん。

 夢だ。ロマンだ。なのに――


「なぜウチにきたのは男性型なのか……」

「お父様が残様の健全な発育を願っていたからかと」

「なんでいるんだよ!?」

「残様がお風呂に沈んでいないか確認しておこうと」

「その言い方はやめろぉ!!」


 いつの間にか浴室に侵入していたレイを蹴り出す。

 仕事柄、研究室にこもりきりの父が、息子が家事に苦労しないようにと暁重工の次世代介護ロボのテスター争奪戦を勝ち抜いてくれたのは嬉しい限りだ。決勝戦は社長と殴り合いだったらしい。こわい。

 (のこる)、などという素っ頓狂な名前を付けた割にはきちんと息子の事を考えている父なのである。

 だが、いざやって来た介護ロボは仮想知性――予め入力された応答をこなすプログラム群である――の割に驚くほどいい空気を吸っている。

 おかげで最近の残の日常は随分と愉快なことになっていた。




「メイドロボか、悪い夢、いや良い夢だった……」


 風呂あがり、残が牛乳片手に妄言を零している隣で、レイはてきぱきと夕飯を用意していた。

 偏執的なまでのレパートリーを入力されているレイの食事は多彩で、その上で栄養管理もされた一級品だ。

 介護ロボの名は伊達ではないのだ、言動はともかく。


「そんなにメイドさんがいいのでしたら、発声パターンを女性に変更することも――」

「今だともうオカマにしか思えないから却下だ。見た目的にもアレだしな」

「そうですか……ふむ」


 器用に首を傾げてみせるレイは人間とは隔絶した思考速度を駆使して数秒、何かを思いついたのかポンと手を叩いた。

 頭上に豆電球を閃かせたロボの姿に残は嫌な予感がしてならなかった。


「私はたぶん3人目――」

「ヤメロォ!! おま、その名前でその声は反則だろ!!」

「はて、何のことでしょうか。私のログにはなにもないですね」

「その喧嘩買った!! 表出ろやコラ!! オタクには触れてはならん聖域があるんだぞ!!」

「まずは御夕飯を片付けてください、残様」

「ぐ……」


 レイの見た目は某星戦争のドロイドのような細い骨格に最低限のマッスルフレームを増設した軽量級だ。

 中量級の介護ロボよりも馬力で劣るが、そもそも家事をしてもらうだけなら老人の介護、入浴介助などを前提とした中量級の出力は宝の持ち腐れだ。

 その点、軽量級なら電力消費も節約できて大助かりである。

 これで見た目が、見た目が――


「いや、もうこの話はやめよう。夢は夢のままで終わらせるべきだ」

「人の夢と書いて儚い、風情のある言葉ですね」

「お前の開発者には一度でいいから文句を言いたいよ、俺は」


 ぼやきながらも残はきれいに盛られた夕飯に箸をつける。

 好物のクリームコロッケはどこかしょっぱい味がした。


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