恋の始まり
1997年3月。
優美、快斗、洋介は高校を卒業した。
生まれたときから3件隣同士で一緒に過ごしてきたが、それもこの日で終わりだった。
優美は大学へ、快斗は自動車整備工場へ、洋介はインテリア関係の専門学校へ、それぞれ進路を決めていた。
卒業式の日、3人は屋上に来ていた。
そこは、3人でよく来た思い出の場所だった。
「優美、大学行ったらちゃんと友達作れよ。」
「ちょっと、洋ちゃん、それはひどいよ。もう大学生になるんだよ。子供じゃないんだから。」
優美はちょっと顔をふくらませた。
快斗は2人のやりとりを見守っていた。
あれから10年。
それぞれは自分の場所で頑張っていた。
快斗と洋介が高校卒業後、実家を出て1人暮らしを始めたことにより、3人はほとんど連絡をとらなくなっていた。
再会はお正月だった。
優美が近所の神社へ初詣に行くと懐かしい声に呼ばれた。
「優美!」
声に振り向くと、洋介が手を振っていた。
「洋ちゃん!」
優実が駆け寄ると、洋介の横に快斗がいた。
「快くん!2人ともいつ帰ってきたの?」
「昨日帰ってきて、昔3人でここにきたなぁって懐かしくなってきてみたら、快斗もいてさぁ。俺もびっくりだよ。」
洋介ははしゃいでいた。
「俺はまだ実家に帰ってないんだ。ここ通りかかったから、ふと寄ってみたら洋介に会ったんだよ。」
いつもは冷静な快斗も心なしか声がはずんでいる。
「ずっと2人とも帰ってなかったでしょ。もう帰ってくることないのかと思ってた。」
「久しぶりだし、今日の夜・・・。」
洋介が言いかけたとき、快斗を呼ぶ声がした。
「快斗!」
声の方を振り返ると、女の子が小走りでやってくるのが見えた。
「駅で待ってようと思ったんだけど、待ってられなくて来ちゃった。お家に着く前に会えてよかったぁ。ここって前に話してくれた神社でしょ。なんとなくここにいるんじゃないかなって思ったんだ。」
女の子は快斗に話しかけながらさりげなく腕に手を回していた。
しゃべり終えると、彼女はやっと快斗以外の2人の存在に気がついた。
「あ、ごめんなさい。あたしってば一気にしゃべっちゃって。」
彼女は、恥ずかしそうに快斗を見た。
「俺の彼女、佐山美穂。洋介と優美。俺の幼馴染。」
「はじめまして。佐山美穂です。快斗からお2人の話、よく聞いてました。お会いできてうれしいです。」
「はじめまして。内山洋介です。」
「山口優美です。」
一通りの挨拶が終わると、快斗が話だした。
「俺、こいつと結婚するんだ。今日は、親の挨拶もかねて来たんだよ。」
「そうなんだ。じゃ、また今度ゆっくりね。」
優美のひと言をきっかけに快斗と美穂はその場を去った。
残された2人は調子がくるってしまっていた。
「せっかく3人で飲もうと思ったのになぁ。」
家への帰り道、洋介がつぶやいた。
「仕方ないよ、あいさつに来たんじゃ・・・。」
そういいながら、優美も残念な気持ちを隠せなかった。
「よし、今日は2人で飲みに行くか。」
「そーだね。」
2人は気を取り直して、後で出かける約束をした。
<プロムナード>
ここは3人が高校生のときによく来ていたカフェ。
昼はカフェ、夜はバーとなっていて、20歳になったら3人で来ようと決めていた。
しかし、成人式当日、洋介も快斗も仕事の都合で地元に帰ってくることができなかった。
結局今までその約束は果たせていなかった。
今日、神社で再会したとき、優実の頭にはこのお店のことが浮かんだ。
洋介もそれは同じだったようだ。
「家の近くでしょ。1人で入ってみようかと思ったこともあったんだけど、なんか約束破るみたいな気がして、入れなかったの。」
お店に向かう途中、優実はそう話した。
洋介は優美のその気持ちをうれしく思った。
お店のマスターは今も変わっていなかった。
そして3人のことを覚えていてくれた。
「いらっしゃい、久しぶりだね。」
お店に入った瞬間、マスターがそう声をかけてくれたことが、2人にはとってもうれしかった。
「覚えていてくれたんですか?最後に来たの10年前なのに。」
洋介が聞くと、
「いつも3人だったよね?高校生で。20歳になったらバーに来るって言ってたでしょ。」
マスターは笑顔で答えた。
2人はバーカウンターに座り、ビールを頼むと、マスターも交えて昔の話に花を咲かせた。
少しして、マスターがほかのお客さんと話を始めると、2人は会ってなかった10年間のいろんなことを話した。
話は尽きることなく、気がついたときには閉店の時間になっていた。
2人はマスターにまた来ることを約束してお店をでた。
「あー、楽しかった。もっといっぱいしゃべってたいよ。」
少し酔っ払った優美が残念そうに言った。
「ねぇ、洋ちゃんいつまでこっちにいるの?」
「うん?えー・・・明日、帰る。」
洋介は申し訳なさそうに言った。
「そうなんだぁ。」
優美は寂しそうな顔をしたが、すぐ笑顔になった。
「ま。連絡先も知ったし、また会えるもんね。」
そして、洋介の前を歩きながら、昔話を始めた。
洋介には優美の笑顔が寂しく見えた。
優実は快斗が好きだった。
少なくとも、洋介はそう思っていた。
その快斗との10年ぶりの再会は、優実にとってつらい再会となったようだった。
バーで話をしていたときから、洋介はそう感じていた。
優美が快斗を好きだったように、洋介もまた、優美を好きだった。
優美の気持ちが、せつないほど洋介には、伝わってしまった。
「ねぇ、洋ちゃん、聞いてる?」
優美に言われて、優美の話をまったく聞いてなかったことに洋介は気づいた。
「ごめん、聞いてなかった。」
「も〜。」
優美がほっぺたをぷくっとふくらませた。
昔と変わっていなかった。
10年ぶりの再会から2ヵ月後。
優美と洋介と快斗は改めて3人で会う約束をした。
場所は<プロムナード>。
やっと約束を果たすことができた。
マスターは快斗のことも覚えていてくれて、3人での来店を歓迎してくれた。
話の話題はもっぱら昔の話だったが、この前一緒にいなかった快斗が2人の近況を聞いたことから、快斗の結婚話に発展していた。
優美は女の子らしい質問を快斗に浴びせている。
式はどこでやるのか、いつごろなのか、新婚旅行はどこなのか。
快斗は一つ一つ丁寧に答えている。
この光景も昔のままだった。
「いいなぁ。私も結婚したいなぁ。」
しみじみと優美が言う。
「相手いないの?」
快斗が聞く。
「なかなかねぇ。」
優美が苦笑いをして、それまで話の聞く側にいた洋介に話の矛先を向けた。
「ねぇ、洋ちゃんは?彼女いないの?」
「俺?内緒。」
「なにそれー。どうせいないんでしょ。」
「うるせーな、ほっとけよ。」
「ほらー。やっぱり。」
優美と洋介のやりとりもまた、昔のままだった。
楽しい時間はあっとゆう間に過ぎ、3人はまた一緒に会うことを約束して別れた。
「結婚したいなぁ。彼氏いないの。」
優美の発言を快斗は頭の中で繰り返していた。
快斗と優美が好きだった。
でも、あきらめていた。
優美には彼氏がいるだろう、もしかしたら、もう結婚しているかもしれない。
常にそう思っていた。
優美の発言に快斗は動揺していた。
昔の気持ちが動き出してしまった。
その日、本当は3人で食事をする予定だったのだが、洋介が仕事でキャンセルをしてきた。
今までもこういうことはあったが、優美は快斗と2人で食事に行ったことはなかった。
婚約者のいる快斗に優美なりに気を使っていたのだ。
その日も、優実は快斗にメールをして、今日の食事はなしにしようと言うつもりで携帯をいじっていた。
すると、先に快斗からメールがきて、一緒に食事をしようと誘われた。
快斗から誘ってくれたならいいかなと思い、優実はOKの返事をした。
元々3人で行く予定だったイタリアンレストランで落ち合った2人は、食事をしながら、他愛もない話を楽しんだ。
しばらくして、優実はどうしても気になっていることを聞いた。
「平気なの?2人で食事なんてして。彼女に怒られない?」
「大丈夫だよ、優美なら。」
快斗は笑って答えた。
「そっか。気使って損した。」
優実は笑って言うと、2人での食事を今まで以上に楽しんだ。
話はつきず、お酒も入り、2人は結局終電近くまで一緒にいた。
「今日、うれしかった。俺、優美と2人でデートしたかったんだ。」
電車を待つホームで快斗がふと言った。
「俺さ、優美のことずっと好きだったんだ。」
快斗の言葉に優美は戸惑っていた。
「ごめん。変なこと言って。俺、酔っ払ってんなぁ。」
笑って話を流そうとする快斗を見つめて、優美は言った。
「あたしも、好きだった。」
快斗もまた優美を見つめた。
2人はどちらからともなく顔を近づけるとキスをした。
快斗は優美の手を引くようにして歩き出した。
ホテルの1室で2人は何度もキスをした。
「優美、いいの?俺・・・・。」
快斗の言葉をさえぎるように、優美はキスをした。
「いいの。何も言わないで。」
2人はどうにもならない気持ちをぶつけ合うように激しく愛し合った。
その日以降、2人は連絡を取らなくなった。
洋介前回の埋め合わせをしようと、優美と快斗に連絡を取っていたが、2人から断られ続けていた。
2人の間に何かあったことを察した洋介は快斗を呼び出した。
「何があったわけ?」
何杯目かのお酒を手に、洋介は聞いた。
「なんのこと?」
「とぼけんなよ、優美となんかあったろ?」
しばらく黙っていた快斗は、
「洋介には隠せないか・・・。」
とつぶやくと、優美とのことを話した。
「お前、何考えてんだよ!」
快斗から話を聞き終えた洋介は怒鳴った。
「優美のこと本当に大切に思ってんなら、なんでそんな無責任なことしたんだよ。彼女と別れる気もないくせに、ふざけんなよ!!」
洋介は持っていたグラスをたたきつけるように置くと、店を出た。
3人が連絡をしなくなって半年。
優美の家に快斗からの手紙が届いた。
結婚式の招待状だった。
優美は数日考えたあげく、出席の返事を出した。
結婚式当日。
優美は洋介と一緒に会場に行った。
1人で行く勇気がなくて、洋介を誘ったのだった。
式は盛大で、新郎新婦ともに幸せそうだった。
帰り際、優美は洋介に誘われてお茶をした。
式の感想などを話していたが、洋介は黙ったままだった。
「洋ちゃん?」
優美に顔を覗き込まれ、洋介は決心したように話だした。
「優美、俺、快斗から全部話し聞いたよ。」
優美は驚いた顔をしたが、ふっと息を吐き出すと、
「そっか。」
といって、黙った。
「俺さ、2人のこと許せないって思ってた。無責任なことした快斗も、それを受け入れた優美も。でも、2人とも大切な友達だし、許したいって思ってた。時間はかかったけど、今は許せる気持ちになってる。」
優美は依然として黙ったまま話を聞いている。
「2人とも大人だし、大人の考えでそうなったんだって納得してる。それで、俺の気持ちもいろいろ考えたよ。俺は優美が好きだ。快斗とのことを知ってもそれは変わらない。俺といる限り、快斗のこと忘れられないのもわかってる。でも、大切に幸せにするから。だから俺のこと考えてくれないか。ゆっくりでいいから。」
「ありがとう。」
優美は、溢れ出そうになる涙をこらえて言った。
快斗の結婚式から、洋介の告白から、数ヶ月が過ぎていた。
3人での再会からもうすぐ1年になろうとしている。
いろんなことがあった1年だった。
洋介の告白以降、優美は洋介のことばかりを考えていた。
もう、快斗とのことは思い出になりつつある。
洋介に会いたかった。
洋介が今も優美のことを待っているかはわからない。
でも、会いたかった。
快斗ではなく、洋介に。
優美は携帯を握り締めた。
END