みんなこどもだよ!
みんなこどもだよ!
1
小学校を卒業した。
中学生になった。
制服を着た。
トランクスを履いた。
射精した。
飲酒した。
中学校を卒業した。
黒帯を取った。
高校生になった。
ネクタイを締めた。
アルバイトを始めた。
恋人ができた。
キスをした。
18才になった。
高校を卒業した。
スーツを買った。
大学生になった。
喫煙した。
普通免許を取った。
セックスをした。
20才になった。
投票した。
就職活動を始めた。
内定が出た。
卒論を書き上げた。
大学を卒業した。
就職した。
初任給をもらった。
扶養から外れた。
部下ができた。
納税した。
アパートを借りた。
プロポーズをした。
入籍した。
挙式した。
娘が生まれた。
以上のように、私には『おとな』になるためのステップが、幾度となく訪れている。
では私は、いつか、こどもの頃に見上げていたおとなたちの仲間入りができているか? いいや、できていない。
無論、成人ではある。……が、成人であることと、おとなであることは、恐らく違う。
成人式で暴れ回る成人たちが、果たしておとなに見えるのか。
そう考えてもらえれば、私の言いたいことは少しだけ伝わるだろう。
おとなに、なりたい。
2
朝、バスの中にて。
「うわああああああん! あああああああん!!」
「うるさいって言ってんでしょ!」
母親らしき女性は、泣き叫ぶ赤ちゃんを怒鳴りつけ、ビンタした。
「恥ずかしいじゃない! ……ったく」
それを聞き、私の中で何かが弾けた。
具体的には、彼女が赤ちゃんにしたのと同じように、殴りつけ、沈黙させたくなった。
――しかし、やらない。一時の正義感と引き換えに、生活を犠牲にするのは馬鹿馬鹿しい。
昼、職場の中にて。
「主任、カウンターにお年を召した女性がいらっしゃっているのですが……」
「はぁ? 意味がわかんねぇ」
「なんでも、息子さんのご夫婦とはぐれてしまわれたとか」
「チッ……そのへんに座らしときゃいいよ」
「放送をかけるため、迷子センターに連絡を取っていただけませんか?」
「ダメダメ、めんどくさいことになる」
「内線1本ですぐ解決すると思いますが……」
「そんな時間、俺には無いんだよ! いいからほっとけって!」
荒っぽく言い放ち、主任は事務室から出て行ってしまった。
3分ほど経つと、彼は煙草の臭いを染み付けて戻ってきた。
それを嗅ぎ、私の中で何かが弾けた。
具体的には、彼をお客様の前にまで呼びつけ、陳情させたくなった。
――しかし、やらない。一時の正義感と引き換えに、生活を犠牲にするのは馬鹿馬鹿しい。
夜、電車の中にて。
「あぁ? んだよ聞こえねーよバーカ。ヒャハハハ」
品のない青年は、無用な大声を張り、あまつさえ煙草に火をつけ始めた。
それを見、私の中で何かが弾けた。
具体的には、その煙草を奪い取り、彼の額にでも捻りつけ、鎮火させたくなった。
――しかし、やらない。一時の正義感と引き換えに、生活を犠牲にするのは馬鹿馬鹿しい。
おとなに、なりたいから。
3
地元の駅に着き、今までに何千回と通った階段を下りる。
バスターミナルに向かう途中、たまたま目前を歩いていた若い女性が、4人の男に囲まれた。
雑音で、話している内容までは聞き取れなかった。
……が、彼女が無視して立ち去ろうとしている素振りは明白だった。それを、男のうちの1人が腕を掴み、引きずっていく。
「嫌! 誰か!」
女性の悲鳴がハッキリと聞こえた。
その『誰か』は、私以外にも100人ほど通りすがっている。私がどうこうする必要はない。トラブルは御免だ。
周囲の人間も同じ考えなのか、確実に彼女たちへ視線を向けてはいるものの、そのまま通り過ぎたり、連れとコソコソ話していくだけだった。
私もその中の1人。
後ろ目に眺めていると、彼女は男たちのものであろうミニバンに押し込まれていった。
――ああ。あれは犯されるな。レイプされる。輪姦される。
もし報道されるとしたら、『暴行』というまだ小奇麗な表現に変わるのだろう。罪さえ美しく報道する矛盾。
まあ、あんなことはどこにでもあるさ。いちいち、警察が追いきれないくらいに。アダルトビデオの撮影という可能性もある。
――いつか、娘がああなったら?
考えなくても良いタラレバ思考がよぎる。うちの娘は、ああはならない。ああなるように、育てない。
――もしも、あれが娘だったら?
あれは私の娘ではない。確実だ。
百歩譲ろうと、私にできることなんて、せいぜい交番に通報する程度。
しかしミニバンのドアは閉められ、エンジンがかけられた。ぐるるるる。けものの鳴き声のように。
おとなに、なりたいのだ。
4
ビーチフラッグの要領で引き返し、疾走。
ミニバンが発車する前に、ドアにキックを加え、凹ませる。
案の定、怒りに狂った男たちが反対側のドアから襲いかかってくる。運転手も含め、5人。
――おとなに、なりたかったのに。
バカな若者たちめ。アロハなんて羽織るんじゃないよ。襟が、丸出しだ。
小外刈り。
払腰。
大外返し。
肩車。
背負投げ。
試合では、相手の頭が床に当たらないようにする。が、今日は無し。
「頭を冷やせ。――アスファルトで」
蠢く男たちに吐き捨て、私は逆側のドアを開けた。
女性は、何が起きたかわからない風に私を見つめている。
「これでタクシーに乗って帰りなさい」
財布から五千円札を抜き取り、彼女に手渡した。
「いえ、あの……」
「いいから。早く」
そう伝えると、彼女はそろそろと車から降り、会釈をして走り去っていった。それでいい。
それにしても――
本当に私が得意だったのは、巴投げで。
しかし、それは自粛した。スーツの背中を汚すのが嫌だったのだ。
なぜなら私はおとなだから。