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パレード

 今回の話、英語が出てきます。そんなに難しいものではないです。

 

 そういえば、この物語を書いていた頃に書いていた他の物語にも、やけに英語が出てきました。猫が英語を話したり、外人が登場人物になっていたり。今思えば、かなり無謀な挑戦でしたね(笑)。若気の至りというやつです。

 「ねえ、次は何に乗る?」

 アイちゃんがアイスキャンディーをかじった後に言う。神田は相変わらず、ポップコーンを食べている。本人曰く、「今度は、キャラメル味。」だそうだ。僕も、神田の持っているポップコーンに手を伸ばし、口に運ぶ。

「でも、もうすぐパレードの時間だけど―」

 腕時計を見るまでもなかった。遊園地の中央付近の道の周辺に人だかりができているのを見れば、一目瞭然だ。

「パレードか、アトラクションか。To see, or to ride.」

「なんだそりゃ。というより、お前らそろそろ帰れ。」

 きっとハムレットだよ、To be, or not to be とアイちゃんが綺麗な発音で、兄貴に耳打ちする。しかし、残念ながら兄貴はハムレットを知らない。なんだそりゃ、と同じ言葉を繰り返す。

「僕はパレードを見たい。」

 賛成、と手を挙げたのは神田だった。続いてアイちゃんが手を挙げる。兄貴も同意するだろうと思い、しばらく兄貴を見つめていた。しかし、兄貴は顔を曇らせたままだった。

「俺たちはアトラクションに乗る。」

 口を開いた途端、兄貴はアイちゃんの手をとった。アイちゃんの顔には、戸惑いと疑念が浮かんでいる。

「どうして?見たくないの?」

 兄貴に見つかって、僕と神田はデートに参戦することになったのだが、兄貴は不貞腐れた顔をしたまま現在に至る。それに対し、アイちゃんは本当に楽しそうだった。僕らも、いや、少なくとも僕も楽しかった。

 男は単純で女は複雑、そんなことを母さんは言っていたっけ、と思ってみたりする。しかし、今の状況は、兄貴は複雑としか言いようがない。

「みんなでいるほうが楽しいじゃない。何でさっきから一君と神田君を邪魔者扱いするの?」

 そういうアイちゃんは、どうやら僕たちを弁護しているというよりも、ただ単に疑問をぶつけたという感じだった。

「邪魔だからだ。」

 兄貴はこちらを向くことなく、ひたすらアイちゃんの手を引っ張っていた。僕はアイちゃんの白く小さい手を見ていた。どうして。どうして、その手を握っているのが兄貴なのだろうか。

「あのさ、お取り込み中に悪いんだけどさ―」

 神田がそう言いかけたとき、園内に壮大な音楽が流れ始めた。それを合図に、人混みから一斉に歓声が起こる。

「もうパレード始まっちゃうよ。」

 音楽と歓声に、神田の声はほとんどかき消された。兄貴が手を緩める。アイちゃんは正面の大通りに視線を向ける。その目は期待に輝いていた。黒い瞳に、いくつもの光が反射していた。

アイちゃんの手が兄貴の手から離れる。思わず、あっ、と声を漏らしてしまった。遠くが明るくなってきた。

 アイちゃんは、人混みの最前列に向かって走り出そうとしていた。そこからだと見えないよ。僕がそう忠告しようとしたとき、すでに神田がアイちゃんの側まで駆けつけ、植木がある段が高くなっているところにアイちゃんと一緒に立った。僕らも続いて、その場所に行く。人の頭が下に見える。その人の群れの向こうには、壮大な音楽と光が広がっている。

「ここのパレード好きなんだよね。」

 僕は誰に言うともなくつぶやく。

「お前、小さいとき、ここのパレード見て泣いてたもんな。」

 誰も聞いてなかったと思っていた独白は意外にも兄貴に聞かれていた。兄貴の言う通り、僕は小さい頃、家族とこの遊園地に初めて遊びに来たときにこのパレードを見て、涙を流した。僕は照れ隠しというわけでもないが、頭を軽く掻く。

「なんかさ、心が温かくなるっていうか、あまりに眩しくて、切なくなるっていうかさ。」

「俺らはびっくりしたよ。何で、こいつ泣いてんだって。でもな、今なら何となくわかる。」

 兄貴の顔には、もう怒りも不貞腐れた表情もなかった。

「楽しかったんだろうな、きっと。」

 兄貴はそれ以上何も言わなかった。目の前を、眩しいくらい光り輝くフロートが通り過ぎていく。

「この音楽は万人に届く類のものだな。」

 神田は、アイちゃんと並んで僕らの前でパレードを見ていた。パレードの光に照らされ、二人の後ろ姿が影で黒く染まっていた。

「そうだね、きっと。」

 しばらくして、アイちゃんが返事した。まばゆいライトに照らされたその横顔に、笑顔はなかった。それきり会話はなくなり、僕らの間に愉快な音楽だけが流れていた。


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