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女神とデート

 「女神」という単語を三人が躊躇なく連呼するのは、少し違和感があるような……。現実では、ありえないことかもしれません。

 そういえば、万有引力とか不確定性原理とか、私の話には物理の話がよく出てくるような気がします。いつかも、タイムトラベルの話をしましたし。まあ、うわべだけですけどね(笑)。

 その日のうちに具体的な打ち合わせがあるかとも思ったが、それきり話は脱線に脱線を重ね、うやむやのまま神田と別れた。

 ちなみに、最後の話題は不確定性原理だった。一見、難しい話題だと思うかもしれないが、人が世の中の全てを確定するのは無理だよな、位の軽い感じで、不確定性原理を理解しているような、していないような内容だった。そして、その日の帰り際に兄貴が、今度の日曜に服を選びたいと言った。故に、いま僕は服屋にいる。

「兄貴、いつまで選んでいるんだよ。」

 かれこれ30分以上店内をぐるぐる回っている。日曜だからか人が多く、それが幸いしてか、店員に怪しまれずに済んでいる。いや、声をかけられないだけで怪しまれているかもしれない。この状況には、つい最近遭遇したばかりだ。

「なあ。まさか、また神田を探しているわけじゃないよな?」

 すると、きょろきょろしていた兄貴がこちらを見た。兄貴の顔を見て、僕は困惑した。兄貴は明らかに怪訝そうな顔をしていた。

「なんで、お前俺について回っているんだ?」

 僕はすぐに言葉が出てこなかった。勘弁してくれ。ただでさえ手に負えない兄貴が記憶障害まで引き起こした。

「いや、兄貴が服を選びたいって―」

「一君、こっちだ。」

 声のするほうを見ると、神田か手招きしていた。いつものようにヘッドホンを首にかけている。以前会ってから一週間も経っていないはずなのに、随分懐かしい感じがする。

 もう一度兄貴を見ると、首で指示してきた。早くあっちに行け、と。僕は訳が分からないまま指示に従った。ところが、神田のいるところまで行くと、なんとなく想像がついた。

「まさか、デートじゃないよね?」

「デートだけど。」

 なぜ、そう言わない。『服を選びたい』と言われて、『デート』と思うのは無理があるだろう。

「神田君は『服を選びたい』って言われて『デートの招待』だって思う?」

「状況によりけりだね。」

 神田をあの日のあの時間に連れて行きたかった。しかし、何となくだが、神田はなんの手掛かりもない兄貴の暗号を簡単に解読しそうな気もした。

「しかし、もっと分かりやすい待ち合わせ場所にすればいいのに。何で兄貴はいつもぐるぐる回っているんだ。」

「統君は待ち合わせるのが嫌いなんだってさ。作られた出会いじゃ、面白くないって言ってたよ。」

 神田はこちらを見ずに答えた。兄貴の考えることは双子の弟にもよく分からない。もしかしたら、本当に他人ではないかと思ってみたりする。神田は真剣に兄貴のいる場所を見続けている。

「でもさ―」

 待ち合わせも、デートの醍醐味の一つなんじゃないの?僕がそう言いかけたとき、神田が声を発する。

「もしかして、あれかも。」

 神田が指をさしたのでそちらを見る。信じがたい光景だった。兄貴が女神と話している。少し小柄の黒のショートヘア。白いワンピースは天使が着ている白い衣装を思わせた。その笑顔は邪念がなく、女神と認識するのに時間がかからなかった。

「ウソだろ。」

「どうやら、あれが女神様みたいだね。」

 あまりの衝撃に、しばらく動けなかった。二人、いや一人と女神は服を選び始めた。普通に会話している。もしかすると、僕と兄貴の会話の方がぎこちないかもしれないくらいだ。女神様、そんな人間まで相手にしなくていいですよ。

 ようやく首が動くようになったので、神田のほうを見る。しかし、神田はいなかった。そこにいたのは、休日に浮かれたカップルだった。女性が服を自分の体に当てる。男性は、ただ笑顔でうなずく。

 慌てて視線を動かしていると、女神の側で一人で服を選ぶふりをしている神田がいた。傍から見て、服を選んでいるとは思えないほど、神田の演技は目に余るものがあった。ずるいぞ、そう思ってしまった。急いで神田の側に近寄る。

「おい、急に消えるなよ。」

 すると、神田は首にかけていたヘッドホンを静かに耳に当て、手に取っていた服を僕に当てた。しばらく考えるふりをして首を横に振り、服を元の場所に戻した。やはり、下手だ。

「どういうつもりだ。」

 自然と声に力が入る。聞こえていないのか、聞こえていてもおそらく聞こえたくないのだろうが、神田は無視した。

「隠れてろって言われただろ。ばれたらどうするんだ。」

 そこで、自分の声が思っていた以上に大きくなっていることに気がついた。神田だけでなく、兄貴も女神もこちらを見ていたからだ。兄貴の顔は嫌悪と怒りに充ち溢れていた。ヘッドホンを外した神田が呆れ顔でつぶやく。

「隠れてろ、とは言われてないよ。」

 兄貴と視線が合う。眉間に皺を寄せる。無表情だった女神が、微かに笑った。


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