CDショップ
余談ですが、この話に出てくるバンドにはモデルがあります。モデルにするということは、私の好きなバンドだったりするわけです。ちなみに、有名なバンドです。
僕と兄貴は街の小さなCDショップにいた。店内はテレビか何かで聞いたことがある歌で満たされていた。店内には言った途端に聞こえてくるこのBGMは、不思議と僕の心を落ち着かせる。昔、ある聖人が死ぬ前に歌を歌うことが出来たら幸せだとかなんとか、そう言ったらしいが、もしかすると、そうなのかもしれない。歌が人を救う。心を開放する。
僕が、すぐにCDを手に取ると、兄貴が感心したような、呆れたような声を漏らした。
「おいおい、まだ生きていたのかよ、こいつら。もう、生きる伝説だな。」
生きている、というのは「まだ活動していたのか」という意味だったのか文字どおりの意味だったのか分からなかったが、それが兄貴の感想だった。実際、僕らの父親が学生だったころから活動しており、その父の影響で僕もファンになったのだ。ただ、不思議なことに兄貴は、あまり興味を示さなかった。
「こいつら、一体いくつだよ。」
五十か六十だったか、と思ったが、そうは見えない。CDジャケットに映る彼らの姿は、引き締まった細身の体で、顔に見られるわずかな皺も、老いの為ではなく彼らの威厳を強調するアクセントのように見える。
だから、代わりの答えで返答した。
「このバンドは神様だ。神様に年齢はないよ。」
「ひとつ言いたいことがある。神は一人だ。複数は存在しない。」
いや、一『人』ではない、と言っても、やっぱりくだらないのでそこで話を終わらせることにした。
その後、僕たちは特に大きな変化も会話もなく、三十分を過ごした。その間、CDショップの中を彷徨い続けていた。本当に彷徨っていた。兄貴が手に取ったCDは一枚もなく、全てのコーナーを何回も見た。店内に流れる音楽も、心にすんなりと入ってこなくなった。音楽好きでも、流石にイライラする。
「彼女の好きなジャンルは何?」
「は?」
素っ頓狂な声を出し、CDの行列を見ていた兄貴が振り向く。ここまで来ておいて、とぼけるつもりか。
「プレゼントだろ?音楽はよく分からないから、僕をつれてきたんじゃないのか?変ないじ張ってないで、さっさと聞いてくれよ。」
兄貴は、一瞬の間の後、ああ、と小さくつぶやいた。兄貴の口角がつり上がる。不愉快な笑い方だ。
「違う。そんなわけないだろ。第一、音楽を簡単にダウンロードできるこの時代にCD買うモノ好きは、お前かCDの長所を理解する人だけだ。」
僕は予想外の反応に立ちどまった。どうやら、早とちりしてしまったらしい。
「じゃあ、一体なんで?」
そこまで言いかけたところで兄貴が手を挙げていた。視線を移すとそこには、ヘッドホンをした青年が音楽を視聴していた。目を閉じ、涼しげな顔で音楽に耳を傾けている青年は、僕たちと同じくらいの年齢に見えたが、どこか現実離れした空気を漂わせていた。近くに近づくと青年はヘッドホンを外し、こちらを見た。
「待たせたな。」
兄貴が声をかける。いや、待たされたのはこっちのほうだよ、兄貴。
「いやいや、僕は全然待ってない。」
青年は、こちらに視線を向けると、一瞬目を細め、そして微かに笑ったようだった。
「この人が、宮野君の弟?」
「そうだ、俺の分身。」
分身という表現には語弊があるかもしれないが、一応、僕らは双子だ。だから、否定しないで、とりあえずぐっとこらえる。
「似てないね。他人みたいだ。」
そう、似ていない。簡単に説明すると、兄貴はスポーツマンタイプ、僕はガリ勉タイプ。言い換えるなら、兄貴が筋肉質で、僕がやせ型ということだ。顔も似ておらず、友人同士と言っても通じるかもしれない。二卵生だからそういうこともある。もしかして一卵性でもそうなのか、と思ってみたりする。
しかし、この少年は一体何者なのだろうか。そう思いながら兄貴を見ると、視線が合った。兄貴は一瞬目を細めた後、思いついたように口を開く。
「紹介する。こいつは神田だ。」
どちらさまで。
「神田だ。よろしく。」
そうじゃなくて。