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FORCE

「こんなところにいたのか、兄貴。」

 兄貴は河原の斜面に寝転がっていた。僕の声は間違いなく聞こえているはずだが、反応がない。

「最近、僕より早く下校するくせに、帰りが遅いから探し回ったよ。」

 兄貴は黙ったままだ。よく見るとイヤホンをしている。しかし、僕は知っている。兄貴は音楽を聞かない。

「山本舞って誰?」

 昨日、兄貴のノートを見ていたら、その名前があった。兄貴は、昔から気に入った人の名前をノートに残しておく変な癖があった。兄貴が女神から逃走した日、僕が見つけたノートがそれだった。

 そのノートにはテレビでよく見る芸能人の名前や例の神様のバンドの名前、アインシュタインなどの名前が書いてあった。ちなみに、宮野一の名前はなかった。ノートの最後のほうに、神田、そして山本舞の名前があった。

「知らねぇよ、そんな奴。」

 やっぱり無視していたのか。しかし、今はそんなことはどうでもいい。知らないはずないだろ。

「アイちゃんのことだろ。」

「だから知らねぇって言ってんだろ。」

 何故、マイちゃんがアイちゃんになったのか。どうして、女神様は兄貴の間違いを指摘しなかったのか。そして、なぜ神田はあんなに女神様に音楽を聴かせたがったのか。僕は、その答えを見つけていた。

「兄貴の言っている女神様は、愚かな人間の声を聞き入れてくれないみたいだよ。」

 兄貴がこっちをみる。その生気を失った表情は神田を思い起こさせた。

「は?なんだって?」

「だからさ―」

 少し間をおいた。神田と別れてから、ずっと考えていた。女神に欠けているものを。いまだに信じられない。信じられないことは口にしたくない。が、こうなった以上、言っておいたほうがいい。

「だからさ、聞こえないんだよ。」

 いつもやる気の感じられない兄貴の目がわずかに開いた。気がついたらしい。

「嘘つくんじゃねぇよ。ちゃんと俺ら、会話してたじゃねぇか。」

「読唇術だよ。口元を見て、すべて理解していたんだ。だから、兄貴の告白は届かないんだ。」

 読唇術。それだったら、マイがアイになっても女神様は気付かない可能性がある。

「それは、矛盾しているだろ。なんで他の言葉は理解できて、俺の告白は分からないんだよ。」

「それは、愛ってものがあまりに抽象的なものだからなんだと思う。好きという言葉が分かっても、それがいったい何なのかまでは理解できないんじゃないか。」

 女神様の困惑した顔が思い出される。兄貴が必死になればなるほど、その言葉を理解できない自分を責める。そうだったに違いない。

 兄貴はしばらく黙っていた。嘘だ。どこから聞こえたのかもはっきりしないくらい小さな声が聞こえた。

「兄貴は、いつアイちゃんがマイちゃんだと気付いたの?」

「どうでもいいだろ、そんなこと。」

 どうでもよくなかった。このままだと万有斥力が勝ってしまう。万有斥力など存在しない。そんなありもしない力に、負けちゃダメなんだ。

「アドレス交換したときに分かったんだよ。聞き間違えたってな。」

 兄貴がため息混じりに答える。僕は曇り空を見上げる。乾いた金属音が鳴ると、ボールが鉛色の空に飛び込んでくる。高く上がったボールは重力に引かれ、徐々に高度を下げる。

「もしかしてだけどさ。」

「今度は何だ?」

 もうほっといてくれ、と言わんばかりの投げやりな返事だった。もしかしてだけどさ。僕は世界を変えられるかもしれない。その世界は随分小さいけれど。

「兄貴は聞き間違えてなんかいない。」

「いや、聞き間違えたんだって。タイムマシンがあったら、お前にもその現場を見せてやれるのにな。」

「アイが、愛情の『愛』のことだったとしたら。」

 忘れていた。女神は人を愛するということを。知らないはずがなかった。


 勝手ながら、女神さまが兄貴に会うまでのことを想像してみる。

 突然、無音の世界に投げ出され孤独を感じる女神さま。

 少しでもつながっていようと、必死に読唇術を身につけようとする女神さま。

 それでも、どうしても薄いつながりになってしまい、戸惑い、切なくなる女神さま。

 本当は泣きだしたいくらい寂しいのに、微笑む女神さま。

 駅で迷い彷徨っていたところで出会った人間に愛を感じる女神さま。

 その人間は、多少大雑把だけど、真っ直ぐ自分を見てくれる。


 そのとき、雲の切れ間から幾筋もの光が漏れてきた。天使の梯子だった。兄貴はしばらく呆気にとられていたが、吹っ切れたように笑い出した。

「なんだそれ?お前、妄想もいいかげんにしろよ。その話、傑作だよ。」

 兄貴は笑い続ける。兄貴の目にうっすらと光るものが見えた。案外、気味悪くなかったな。そう思ってみたりする。

 僕は、鉛色の空を照らす天使の梯子を見る。あの日のパレードの光。電車の中で流れる光に照らされた、すべてを見通しているかのような神田の横顔。屈託のないアイちゃんの笑顔。それらが同時に思い出された。

 眩しいな、そう思ってみたりする。


 人はいろんな力でくっついたり離れたりを繰り返す。

 でも、そばにいても離れていてもそんなことは関係ない。

 見えないところでつながっている。


 僕は、そう思う。

‐了‐

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。「天使の梯子」シリーズ第二弾の今作は、恋愛ものに挑戦したつもりなのですが……。いつの間にかコンセプトが変わってしまいました(笑)。

 ちなみに、とってつけたように「堕天使」の話が出てきますが、それにも意味はあります。どんな意味があるのかは、考えてみてください。

 「天使の梯子」シリーズの予定ですが、まだ決まっていません。もしかしたら、第二弾でおしまいかもしれないし、ある日、突然第三弾が始まるかもしれません。


 それでは、またどこかで会いましょう。バイバイ!

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