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友人のヘマと怖い女

 真っ暗な道をソナラの先導で帰ったタカシは、村の異様な雰囲気に気付いて思わず立ち止まった。

 どうして立ち止まるの?と言いたげな不思議そうなソナラの顔を見返して、タカシは耳を澄ましてみた。

 誰かの声が聞こえた。よく聞こえなかったが、アケイオデスと言ってなかったか。

 花畑で別れたルウオを背後の闇に探し、いないことを確認してから、タカシは道中と逆にソナラの前へ出て、彼女を隠すようにした。

 村の中央では、昨日はなかった焚き火が焚かれ、火を真ん中に数人の男女が輪になってなにか話していた。近づいてみると、たしかにアケイオデスという言葉が飛び出している。

 ルウオのことだろうか。だとすれば、ソナラと一緒にいるところを見られた可能性もある。

 魔女、という不吉な言葉が脳裏を過ぎった。そう呼ばれることは、どんな意味がある?

「ソナラ、タカシ」

 男女の中から、金色の短髪をかきあげたニナが、二人に気付いて飛び出した。

 タカシは反射的に身構えた。ルウオのことを知っているらしいニナの真剣な顔が、どことなく不吉に見えた。

「遅かったじゃない。心配した」

 ソナラに対しては、いつものつっけんどんなニナはなりを潜め、やさしいお姉さんの顔になる。

 火を囲んでいる男女を警戒しながら見やり、「なにがあったの?」 とタカシは彼らに聞こえないよう小声で訊ねた。

「さっき言った、アケイオデスだ。近くに出没した」

「それって・・・・・・」

 ルウオのことか、と訊ねようとして言葉を飲んだ。ルウオと出会ったことは秘密だ。それに、彼女の知るアケイオデスのことなら、これほど深刻な顔をしないだろう。ルウオは無害な恐竜なのだから。

「とりあえず、今夜は村の者が寝ずの番をする。明日には山狩りをすることになるかもしれない」

「本当にいたの?テリトリーは遠いんでしょ」

「見たのはお前の友人の阿呆だ」

 目が怒っているように見えるのは、炎の揺らめきのせいばかりではあるまい。

「ソナラは部屋へ戻って」

 そして、ニナがタカシを睨みつける。

「は、花」

 タカシが差し出した籠を無視し、ニナは男女の群れへ一瞥をくれてから、ちょっと来て、と彼の腕を掴んだ。

 待ってよ、と制止の声を張り上げても、手首を締め上げるニナの凄まじい握力はゆるまない。顔に似合わないという以前に、人と思えない力だ。

 村から伸びる小道の一つへ入って、ニナは周囲に人がいないのを確かめてから、あの阿呆が、と小声で罵った。

「阿呆?」

「リョウだ。あいつ、帰ってくるなり大騒ぎして、キョウリュウがどうたら、ティラノがどうたら、相手がいかに巨大で、どんなに恐ろしくて、自分が生き残れたのはとてつもなく素晴らしいとか、村中に吹聴しまくって。おかげで口止めどころか、騒ぎを抑えることもできなくなった。お前たちはアケイオデスも知らないのか!?」

「落ち着いてよ。リョウが見たアケイオデスって、そんな大きかったの?」

 リョウの性格からして、多少の誇張はあっても、小を大にすり替える自慢話をでっちあげはしない。珍しく自分から恐ろしかったと言えば、それは恐ろしかったのであり、巨大と言えば文字通り巨大だと思ったのだ。生き残れた僥倖を語れば、真に死に直面したに違いない。

「たぶん、ルウオの親だ」

 苛立った時の癖なのか、ニナがまた短い髪をくしけずるようにかきあげる。

「アケイオデスは滅多にテリトリーを出ない。人間との無用な接触を避ける頭のいい竜だ。それが出てきたのなら、理由があるはず」

「ルウオを探していたのかな?」

「ついてきただけだろう。アケイオデスは、同種の相手なら、どれほど離れていても位置がわかるというから。ひと気のないところで子供を待っていたか」

 次いで深いため息をついて、タカシを睨んだ。

「やっぱりルウオと会ったのか」

 タカシは慌てて口を押さえた。ヤバイ喋っちゃった、をあらわす古くからのジェスチャーだ。それを見て、ニナはまた嘆息した。

「無駄だ。ソナラは正直な子だから、秘密にしてもすぐ顔に出る。お前も、相当な正直者のようだが」

「あの、それは・・・・・・」

「ルウオが帰れば親も去る。こんなおおごとにしなくてもよかったんだ」

 あのうつけめ、ともう一度リョウを罵り、ニナは村を背にして闇を見つめた。

 おおごとにしなくてもいい事態を拡大させてしまった責任は、リョウにある。タカシもそれは納得した。彼の友人として、ニナには申し訳ない気持ちもある。

 しかし、心を最も大きくしめていたのは、安堵感だった。

 ルウオが見つかったわけではないのだ。ソナラが魔女と呼ばれる事態ではないのだ。

「魔女って」 気軽な気持ちで、タカシは訊いた。「いったいなんなの。ソナラから聞いたんだけど」

 今までで最大級の睨みが帰ってきた。あっちの世界で見た、怖い人たちのメンチとかいうガンつけとは比較にならない恐ろしさだった。美貌が般若に見える。

「お前もそう思うのか?」

「え」

「お前も、子竜をあやつるソナラを、魔女だと罵るのか?」

 言葉が出ないまま、しばらくニナとにらみ合う形になった。彼女の目は怖くて目を逸らしたいのに、怖すぎて動けない。中学の時に絡んできた、今時ありえないと思う格好のヤンキーなど、この恐怖を知った今なら平気で殴れそうだ。

 昔の記憶で心に余裕を持たせ、多少とも呪縛から脱したタカシは、強烈な勢いで首を左右に振った。

「魔女がどういう意味か知らない。けど、僕の国では悪いイメージの言葉だ。だから、ソナラのことを絶対に魔女だなんて呼ばない」

 ニナはタカシの目を見つめていた。その視線から、けして逃げてはいけないのだと、タカシにはわかったから、唇を噛んで威圧感に耐えた。

 ふっ、とその形のいい唇に笑みが浮かんだ時、タカシは思わず胸腔の中いっぱいにたまった空気を吐き出していた。

「そうか。ソナラに惚れたか?」

「ばッ、馬鹿言わないでよ。あの子のこと、まだよく知らないのに」

「冗談だ。不思議と、そういうところは、あの男の手紙に書いてあった通りの男だな」

 いったいなにが書いてあるのだろう。自分とはあずかり知らないところで評されていることに気恥ずかしさを感じて、その手紙を読んでみたいものだとタカシは思った。

「来い」

 ニナが闇の中を行く。

「どこに?」

「川だ。花を水につけておかないと、萎れる」

 それはそうだ。花瓶一つない小屋の中を思い出して、タカシは納得した。

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