表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/39

恐竜と出会った少年・2

 リョウの遭難をババから聞いて、ニナは軽蔑するように舌を打った。

「間抜けが」

 それは言いすぎだとタカシは思うが、しかし友人の軽率さには呆れた。こんな深い山の中で迷えばどうなるか、目に見えている。

 その心配を口にすると、ニナが首を振った。

「飢えてくたばるくらいならまだやさしい。まかり間違ってアケイオデスのテリトリーに入ってみろ。五秒で丸呑みにされるぞ」

 大袈裟な、と言おうとしたタカシは、真剣にひええと声をあげる老婆の姿に、聞いたこともないアケイオデスという言葉に想像を膨らませた。

 ひと一人を丸呑み。人の名前ではあるまい。獣か、大蛇かなにかか。

「まあ、やつらのテリトリーは遠いから・・・・・・そんな遠くまで行く馬鹿ではないだろうし。山で迷った時は、まず移動を最小限にとどめるものだ。よほどの阿呆でもないかぎりは・・・・・・」

 ニナは、顔を真っ青にしたタカシを慰めるつもりで言ったのかもしれないが、彼はますます心配になった。

 リョウの性格はよく知っている。追い詰められた時にドンと腰を落ち着かせて対処する、なんていう冷静沈着なタイプとは程遠い。むしろ、追い詰められるほどに猪突猛進度数の上がる性向があった。

「探しに行かないと」

「それほど時間も経っていないし、ここは二、三人で探せば見つけられるだろうな。ババ、適当に人を呼んできてくれ。タカシはここにいろ。お前まで迷子になる」

 言って、ああ、とニナは顔をしかめて天井を見上げた。

「しまった・・・・・・ソナラの迎えに行かなきゃならない時間だ。あの馬鹿はなんて迷惑なタイミングでヘマをしでかすんだ」

 それも言いすぎだよ、と言おうとして、タカシは言葉を飲んだ。言えば、どんな辛らつな攻撃がこちらに向くかわからない。

 ニナはしばらく天井を睨んで考え、タカシを見やった。

「タカシ、方向感覚は確かか?」

「僕?人並みには・・・・・・なんで?」

「ソナラの迎えに行ってやってくれ。あの子は、誰かが迎えに行かないと、暗くなるまで帰ろうとしないんだ。私が行きたいが、迷子の馬鹿を捜すのに、本人を知らない者ばかりというわけにもいかない。村の者に迎えに行ってもらっても、あの子がむずがる可能性がある」

「僕なら平気なの?」

「大事なお客さんの言う事なら聞くだろう」

 そういうものなんだろうか?と胸に疑問符をいくつか並べたが、答えが出るはずもなく、タカシは花畑へ続く道しるべを聞いた。

「以前はあの子もよく迷ったんだ。それで幹に傷をつけた。ばってんだ。それを追っていけばいい」

 見知らぬ森の中へたった一人で入っていく不安が、腹腔を冷やした。

 よほど難しそうな顔をしていると思ったのか。ニナは笑った。

「心配するな。お前は知らないが、あの子が初対面の相手にいきなりなついたのは、お前たちが初めてなんだ」



 獣道とも見まごう枯れ枝のトンネルだった。頭上で幾重にも重なる枝を見ると、夏は日の届かないトンネルになるのではないかと想像する。タカシの頭に時々枝が当たるのは、ほぼ唯一行き来する二人、ソナラとニナの身長に合わせ、低い枝だけをを打ち払っているからだろう。

 時に急斜面もあるが、全体的に緩やかな勾配を登って二十分は過ぎたろう。思ったより遠いいぞ、と考え始めた頃、前方にゴールが見えた。木の幹と枝が消えて、雲ひとつない青空が、切り取って貼り付けられたように覗いている。

 軽い汗を拭って森を抜け出したタカシは、思わず唸っていた。

 遠く見える山の頂はすでに白い。連峰は雪山特有の雄大さで左右に広がっていた。その中にあって、想像していたよりも広い花畑の、目を洗うような豊かな色彩が鮮やかだった。

 うねるように隆起している地面はおおよそ平坦と言ってよく、この山の中によくもこれほど広大な平地があるものだと感心してから、冬に咲く花の生命力にも嘆息した。よくよく眺めてみると、咲いている花は、それぞれ離れた場所に群生していて、おそらく春や夏の花との共生を計っているのだろうと思われた。あるいは、ソナラやニナの手がかかっているのかもしれない。

 そこでようやく目的を思い出し、タカシは花園と呼んでも大袈裟にならない広場を見渡した。

 まったいらな平地ではないので、死角もある。タカシは足元の花に気を配りながら、盛り上がっている場所を目指した。あの上からならよく見えるだろう。

 と、不意にその隆起の向こうで、金色の輝きが覘いた。

 ソナラの髪だ。

 タカシの口元へ自然と笑みが広がった。

 ソナラの長い髪の毛が踊っている。飛び跳ねてでもいるのだろうか。幼い表情を楽しさでいっぱいにして遊んでいる姿を想像すると、心が安らいだ。

 びっくりさせてやろう、と企んで、タカシは身を低くして近づいていった。そして、タイミングを見計らって一気に飛び上がる。

 両手を広げて古典的な大声を張り上げたタカシは、ソナラの驚愕の顔と身も世もないうろたえっぷり見て一瞬満足し、直後、彼女の体を乗せているそいつの姿に、思考を停止させた。

 ――なんだこいつは。

 疑問でもなんでもない、ただ事実をありえないものとして排除しようとする言葉が浮かぶ。

 キュアアアアアアア

 そいつは、牙を剥き出して雄叫びを上げ、体を振ってソナラを地面へ落とした。

 直後、凄まじい衝撃に正面から襲われ、なにがなんだかわからないうちに、いつの間にか地面に倒れていたタカシは、眼前に濡れた牙と赤い舌と、脈打つ口腔の粘膜が迫っていた。

「駄目ッ、駄目だよ、食べちゃ駄目ッ」

 恐ろしい言葉が耳を通過して脳裏に至り、ようやくにして恐怖が体内に湧いた。事態を理解しているわけではないが、脳内で本能が危険を叫び、彼は言葉にならない声で絶叫した。

 ソナラの声が聞こえる。

「怖くない、怖い人じゃないよ、だから駄目、駄目ッ」

 彼女なりに精一杯な説得が通じてなのか、そいつがタカシから離れたのは、しばらく経ってからだった。

 タカシは座り込んだまま後ずさり、そいつを見た。

 大型犬ほどの大きさ。無毛の体は黒い。頭は大きく、前足は退化していて逞しい後ろ足とは比べものにならないほど小さい。長く太い尻尾は、尖っている先端を左右に振っていた。

 恐竜。それも肉食恐竜。

 恐竜に詳しいわけではないが、映画や図鑑で一通りは親しんでいる。絶滅した巨大生物、かつての地球の覇者。

 僕は、生きている恐竜と出会ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ