子竜と少女の花畑
夕日が沈むと、空の色は赤から紫へと変じ、青が黒へと移っていった。
ソナラの言う通りだった。お気に入りの花が一番きれいに咲いたのは数日前、今では少し色が褪せてきている。
あれは、タカシやリョウと出会った日だった。いや、正確にはその次の日か?タカシの薪割り、リョウの迷子、ルウオを見られ、ルウオの親まで知られてしまった。すべての始まりの日のように思えてならない。
アガナは森の奥へ消えたが、いまだにルウオがここにいるのだから、おそらく近くに潜んでいるだけだろう。ルウオは、さきほどまでソナラを乗せて飛び回っていたが、お姫様が一向に喜んでくれないので、今では意気消沈という雰囲気で歩き回っている。
ニナは、花畑の真ん中で、空を見上げた。
馬鹿みたいに透き通った星空。不思議だ。いつも見上げていた空なのに、これほど美しいと思ったことは、最近なかった。
天にかかる川の輝きが、この季節では少し低い位置にある。子供の頃に聞いた話では、あの川の向こうに死者の国があるという。
「ニナちゃん」
ソナラに背後から抱きつかれて、ニナはハッと我に返った。
「どうしたの、ソナラ、ルウオが遊んでくれるだろ?」
「大丈夫だよ、ニナちゃん。タカもリョーも、いなくなんてならないよ」
「そうだね」
答えながら、悲観的な予感が胸を締め付ける。
自分の身も守れないタカシが単身で、いったいなにができるというのか。頭がいいと思っていたのに、とんでもない馬鹿だった。
タカシのことを知れば、リョウは無理を承知で、一万の軍勢に立ち向かうだろう。考えなしに真正面から突っ込むに違いない。どうしようもない馬鹿だから。
馬鹿ばっかりだ。父もそうだった、私もそうだ。ソナラを魔女と呼んだあの人たちも。
ソナラだけだ。この子だけが、馬鹿じゃない。
いつまで待とう?山を降りて二人の生死を確認する勇気は、今はないから、待つことしかできないけど。とにかく、二、三日、それで駄目なら、五日くらい。
「大丈夫だよ」
なぜか確信ありげに、ソナラはつぶやいた。
「星がきれいだね」
枯れ木のトンネルをくぐりながら、タカシはぼそりとつぶやいた。
はあ?とリョウが空を仰ぐ。
「枝が邪魔でよく見えねぇよ」
「いや、きれいだよ」
「だいたい、俺がそれ言うたびに、お前笑ってたじゃねぇか」
「何度も言うからさ。一度や二度ならいいんだ。真実って、忘れた頃に言うからかっこいいんだからさ」
「星がきれい、がかっこいいか?」
二人は、司令官直々の見送りで峠の中腹まで馬に乗せてもらった。
司令官は笑っていたが、タカシには、彼の多忙が想像できる。敗軍の処理、街の処置、自軍の整理。その多忙をおして二人へ親切に接してくれるのは、彼の目を離れるとタカシたちに危険が及ぶ可能性があるからだろう。武神の子に危害が加えられれば、隣国との外交に支障をきたすとの思惑もあるかもしれないが、タカシには、彼の親切が心に染みた。
「しかし、これからどうすりゃいいのかねぇ」
リョウが珍しく的確な疑問を投げかけてきた。
そう、もうこの辺りにい座ることはできない。なにより、反乱軍にも王国軍にも深くかかわりすぎた。いつ誰から命を狙われてもおかしくない。
かといって、ゴンドーヌにも帰れない。
「ニナは、モルグのところには帰らないから」
「あー、そうらしいなぁ」
「ねぇ、リョウ。モルグは、なんで僕たちをあの二人に会わせたんだと思う?」
リョウは目をぱちくりさせている。
「手紙渡すためだろ」
「それは言い訳さ。本当のことを言いたかったかもしれないけど、でも言うことができなかった。だから、適当に言っただけだと思う」
「じゃ、なんだ?反乱が起きるから、俺たちに護衛を任せようと思ったか」
「それなら、モルグだって、素直にそう言うさ」
リョウがさらに目をしばたたいて、ぐりりと首をひねった。
「トンチがきいてやがるな」
「たぶん、モルグは」
タカシはもう一度、美しい星空を見上げた。
ニナとソナラに帰ってきてほしい。手紙でも、そのことは書いていたみたいだ。だけど、自分の口でそれを言うことはできないでいる。ニナはけして自分の元に帰って来ないと知っているから。ソナラの身に起きた不幸で、自分の無力を噛み締めたから。
だからせめて、タカシとリョウを送ったのだ。自分たちの目的を持っている二人の少年を。
「イッペイを探しに行こうよ」
ともにこの異世界へ飛ばされたはずの友人の名に、リョウの表情が引き締まった。
普段は口にしないが、心の片隅には、常に巣食っている名前。人ごみの中で、反射的に探してしまう友人。
「しかしな、モルグはまだ早いって、言ってなかったか?」
「あの時は、僕とリョウの二人だけだった。だけど、今はニナがいる。ソナラがいる」
「・・・・・・ソナラはともかく、ニナは一緒に来てくれんのかな」
「大丈夫さ」
彼女にだって、行くところはない。それに。
タカシはくすくすと笑う。
放っておいても、リョウを追いかけてやって来るさ。
モルグはきっと、こうなることを望んでいたのに違いない。いや、タカシやリョウなら、きっとそうすると思っていたのだろう。モルグに頼まれなくても、二人の少年は自分で判断し、二人の娘も、己れの選択で、結果を出すはずだ、と。
「ソナラが来ると、もしかして、ルウオもついて来んのか?」
「まさかぁ」
と言いながら、小さな竜の騎士道精神がどう発揮されるのか、想像するとおっかない。
マザコン・ルウオがついて来るということは、親ばか巨竜もセットになってお買い得ということだ。バイクを買うと、ジェット戦闘機がおまけで付いていた、というぐらいお買い得だ。いや核ミサイルかもしれない。
ソナラだけでも、モルグの元に置いておいた方がいいのか。しかし、ニナは反対するだろうしな・・・・・・
やがて枯れ枝のトンネルは尽きて、満天の星に照らされた群青色の花畑へと出た。
向こうから二人の美人が走ってくる。
待ってくれている人がいる。なんだか、それは幸せなことだ。
それがたとえ、ニナの拳骨パンチ付きであっても。
ルウオが向こうで空に向かって吠えていた。ざまあみろとで言っているのか?
二人の少年は、殴られた頬を撫でながら顔を見合わせると、彼女たちへ笑顔を向けた。
ただいま。
完
完結です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
ただ、勢い余っておまけの話を書いてしまったので、自話に投降いたします。
タカシたちの出てこない、本当に単なるおまけです。蛇足という言葉を体現したかのようなお話です。
興味のある方は、読んでみてください。