真・彼の剣技の程度と質
メッシと剣を抜いて対峙すると、普段軽蔑しきっている男が、やはり剣技においては一流であるのだと、思い出させてくれる。
初めて会った時、焦ったリョウは、力任せの一撃で必殺を試み、あっさりと剣を飛ばされてしまった。
今なら、あの失敗の理由もわかる。
俺の長所は、力に任せた一撃でも、敵を幻惑させる素早さでもない。
――リョウ、お前の長所は、幼い頃から学んでいた剣術と・・・
メッシはあきらかに待ちの構え。なら、誘ってみるか。
隙もないのに強引に一太刀浴びせると、メッシは口元に笑みを浮かべながらカタナを受け、巧みに自分の剣で巻き込んだ。
これだ。最初に剣を飛ばされたのは、これをやられたのだ。
冷静に敵の動きを観察し、敵の剣の動きに己のカタナを合わせる。力の流れを読み取り、流してすかして、今度は逆にこちらが相手の剣を操る。
メッシの顔色が変わった。
はたから見て、お互いが剣を絡ませ回しているだけ。だが、一瞬でも力の均衡が崩れた時、どちらかの剣がはじき飛ばされる、拮抗したパワーゲーム。
メッシが先に焦れて、強引にリョウのカタナをはじいた。
――その剣術を生かすために必要な、イメージ通り四肢を駆使することのできるセンス・・・
メッシの顔に余裕の表情はない。
今度はメッシが先に仕掛けてきた。
メッシの体格からすると意外な重い斬撃を、リョウは難なく受け止める。
受けは得意だった。手首と肩を中心に、全身をバネにして攻撃の衝撃を受け流す。どんなに細いカタナでも折らずに戦える理由。さすがのモルグもこれには舌を巻いたものだ。
はじき返して、袈裟に斬り返す。メッシは後方に逃れた、と見るや、リョウの体が伸び上がり、変化した切っ先が空を切り裂いて敵を追う。
この突きをかろうじてはじいたものの、メッシは体勢が崩れている。
さらに突きと見せて、リョウの体が沈みこみ、真下から切り上げた。目指すは蛇野郎の顎。
さらに後方に逃れたメッシの目には、余裕とは反対のものが光っていた。
恐怖。
――そのセンスを生かすための、変幻自在で柔軟な発想力、そして・・・
今、立場は逆だった。
相手のことをカエルだと思って睨んでいた蛇が、実はそれが天敵だったと気付いた、その驚きと後悔と恐怖と怒りの表情。
リョウに躊躇する気はさらさらない。
こいつを生かしておけば、自らを窮地においやった者、タカシやニナたちを憎み恨むだろう。いつまでも忘れそうにない顔をしている。この男を生かしておくのは危険だった。
だが、それ以上に。
――なにより、勝利を渇望する強い意思。
メッシの剣を巻き取りはじいたリョウは、もう一歩を踏み込んで、左足の親指と薬指の間で地面を噛み、激しく蹴り上げた。
メッシの左側を跳び抜け、着地と同時に振り返り、構える。
手応えはじゅうぶん。骨まで斬った感触がある。構えたのは、いわば、残心。
メッシがこちらを向いた。上半身だけが。
ずるり、と腹部で真っ二つに切断されたメッシは、倒れると同時に臓物をあふれ出させた。
――今はそれだけでいい。それだけで、リョウ、お前に勝てる者はそういない。力も素早さも、これから鍛錬すればいくらでも身につくが、それに頼ることなく、自らの長所をより一層伸ばすことだ。
「わかってるさ、モルグ」
カタナを振って、血潮を撒き散らした。
遠目にも、リョウとメッシの戦いは理解できた。
やぐらから、北門の前は丸見えなのだ。もっとも、そうでなければやぐらの意味はない。
「お前の兄は強いな」
ジークはつぶやいた。
「うん。あ、迎えを」
「すでにやった。しかし、私は正しいことをしているのかな?」
ジークはいたずらっぽく笑う。
「将来のゴンドーヌ執政官と、武神を越えるかも知れない戦士を、生かしておいてよいものか。ローデシアの一武将としては、殺しておくべきなのかもしれん」
「?・・・・・・ニナとリョウのこと?でも、ニナはもういないし、リョウは、そう簡単に殺せやしない。あなたでも」
ひとしきりルウオの話を聞いてもらい、その後の「信じよう」 という言葉に親近感をぐんと感じたタカシは、ジークに人なつっこく笑いかける。
ジークは内心では困惑していた。
確かに、これほど簡単に人を信用するようでは、将来の執政官は言いすぎかもしれない。致命的なのは、自分の才能を自覚していないことだ。「彼」 とは、その点違う。
「まあ、将来なにかあった時に、今回の恩を返してもらう、ということで、いいだろう」
「わかった。ニナとリョウに頼んでおくよ」
どこまでも本気のタカシに、ジークはついに苦笑を隠しきれなくなった。
「そういえば、お前の兄の剣、あれはカタナか」
いくら丸見えとはいえ、剣の種類まで判別できる距離ではない。
なぜわかるの、と目を丸くすると、ジークは笑った。
「明確にわかるわけじゃない。ただ、なんとなく、だ。音楽家が小さな音を聞いて音階を知り、踊り子が手先の動きだけで踊りの種類を知るように、我々戦場に長くいる者は、敵のエモノも、微かな動きから予測される作戦行動も、遠目でわかるようになる。経験だ」
なぜそんなレクチャーをしているのか、ジーク自身不思議だった。
さっき殴ったばかりのジークへ向けて、信頼を宿した純粋な目を見せるからか、乾いた砂のように知識を吸収するからか。どのみち、やりにくい男だ。
いや、もしかしたら、私は楽しんでいるのかもしれない。
「二本差しているな。まるでサブライだ」
「あ、ええ、そうですね」
「サブライと竜か?できすぎだ」
タカシが首をかしげるのを見て、ジークの方が不審な顔を作った。
「ゴンドーヌには、サブライの伝説はないのか?」
「え?あ、いや、それは」
「いや、ないわけはないな。白竜の聖女は知らないか?」
「なんですか、それ」
タカシの頭の隅に、ソナラの姿が浮かんだ。
「魔女は知っているだろう?」
「ええ」
「魔女は今も昔も火刑だ。国によっては違うが、悪しき存在だというのは変わらない。蛇や竜を操り悪を成すとも言うな。だが、歴史上ただ一人、聖なる魔女が存在した」
ジークが見やると、一群の騎馬がリョウを追っているところだった。彼は必死で逃げている。話に聞くサブライの潔さとのギャップに、ちょっと笑った。
「白竜の魔女だ。サブライに討たれた彼女は、以後改心し、人々を守護する聖女として、生涯サブライのかたわらを離れなかったという。お前の話してくれた妹と、兄と。サブライと竜を操る魔女、できすぎだと思わないか?」
それが武神の長期的計画なのかどうか、今は考えないことにしよう。サブライと聖女の再来は、確かにゴンドーヌの国威を高めるだろうが、タカシのような真っ直ぐな人間を育てる男が、自らの子をそんな形で利用するとは思いたくない。
私らしくもない。ジークはもう一度自嘲し、騎馬に囲まれて剣を抜くタカシの兄を見た。
一通り薪割りを終えた男は、さて薪小屋に運ばねばならないが、と周囲を見回し、少々頑張りすぎたことを自覚した。
薪が山のようにできた。もう丸太がほとんどない。
しまった、と額を叩き、こんな時にはいつも彼の失敗を囃し立てた若い声を探して、ああ、とうなずいた。
そうだ、今は一人だったのだ。
だが、一人なのだと思うと、不思議と、胸の一部が暖かくなる。
男はニヤニヤ思い出し笑いをして、薪割り台に腰を下ろすや、いそいそと胸元から巻き取った紙を取り出した。
手紙だった。
『モルグへ。
突然ごめんなさい。
僕は、今、とんでもないことをしようとしています。ゴンドーヌの人間であるはずの僕が、他国の反乱に手を貸そうというのです。
詳細は後述します。ただ、先に伝えておかないといけない。
うまくいっても、モルグの、武神、という名前は汚されるかもしれないんです。
ごめんなさい、僕は今、モルグの息子を名乗っているんです。そうしないと、僕だけの力ではどうしようもないから。
失敗したら、それこそ、ローデシアがゴンドーヌに対して、武神に対する厳罰を要求するかもしれません。
でも、力のない僕には、父親の名前を借りるしか、方法がなかった。
作戦はこれからです。全力で成功させます。成功しても、モルグに迷惑がかかるかもしれないけど、できるかぎりそんな事態にはならないように、細心の注意を払うから。
言い訳にしか聞こえませんね。
作戦は、次にあげる通りです。失敗した場合の予備策もいくつか書きます。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
最後に。
情けないことを言っておきながら、なんだけど、これだけは、誓うよ。
ニナとソナラは、僕とリョウで必ず守る。どんなことがあっても。どんなに遠回りになっても、必ず、帰るよ。
武神の息子より』
「泥をかぶるのは父親の役目だ、馬鹿者」
嬉しそうに、男は笑う。
またいそいそと手紙を巻き取り、大事に胸にしまって、さて、と薪の山を見やった。
急いで薪小屋にしまわないと、今夜辺り雪が降りそうだ。
ふと、時に手を止めて、男は南の空を見上げる。
「俺に似合わない、よくできた子供たちばかりだ」
思わずつぶやいて、親ばかが過ぎるかな?と胸の内に聞いてみる。
みなやさしくて、やな強く、みな賢い。
男はニヤニヤ笑いながら薪を片付けた。