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選択の成功と失敗

 アガナの進行をとどめることは、恐慌に陥った兵らには不可能だった。

 一度目の突進で巨竜の破壊力を目の当たりにした彼らは、再び自らへ向かってくる巨体を前にして逃げまどうか、散発的な攻撃をしかけてくるだけで、特に指揮官不在の反乱軍は、統制を失い混乱をきたしていた。

 尻尾を振るえば十人単位の人が漫画みたいにふき飛んでいく。頭を振れば柵もやぐらも粉々に砕け散る。たまにすぐ近くまでやって来た者も、足蹴にされるか、側を走るルウオの跳び蹴りを食らって飛んでいく。タカシの人生で最大級の破壊活動だ。

 それでも、投げ槍や矢で確実にアガナの体は傷ついていく。特に柵を突き破って王国軍の陣へ突入してからは、兵の動きに統率が見られる。危険な兆候だ。

 タカシは焦って目標を探した。

 以前この陣へ来た時に通された、司令官の陣幕。おそらく戦闘中は留守だろうが、近くにいるはずだ。

 どこだ。

「タカシ」

 ニナの指差す先に、やぐらの上でこちらを睨んでいる男がいた。

 ジークだ。

「アガナ、あのやぐらだ、壊さないでね」

 下で、ソナラがタカシの言葉を復唱する。まだ、アガナはタカシの言う事を全面的に聞いてはくれない。

 どしんどしんと地響き立てて近づくと、やぐらの上ではちょっとしたパニックが起きていた。兵たちの抵抗が強くなる。

「ジーク!」

 タカシはあらんかぎりの声を上げて叫んだ。

「ジーク!話がある、聞いてくれ、ジーク!」

 やぐらの上でただ一人落ち着き払った姿のジークが、周囲へなにか言っている。

 飛んできた投げ槍を不自然な姿勢のニナが剣ではじき、ソナラを乗せたルウオは相変わらず近づいてくる兵を寄せ付けない八面六臂の大活躍をしている。が、これがいつまでも続くわけではない。

 ジーク、早く、ジーク。

 と、不意に兵たちの動きが止まった。

 一定に距離を置いて巨竜を囲んではいるが、攻撃が止んだ。

「なにか!武神の子よ」

 アガナが立ち止まると、王国軍司令官とタカシの目線は、ほぼ同じ高さで安定した。

「街の中は我々武神の子がすでに制圧した!兵はいない!また、戦闘中の反乱軍に指揮官はいない。速やかに包囲し、降伏を要求すれば、戦闘はすぐに終わります!だから、街への攻撃は・・・・・・」」

「わが方へ甚大な被害を与えた竜の背中に乗って、しかも無理押しで陣中を突き進んで来て、それで説得力があると思うのか、武神の子」

「でも誰も殺してない!」

 そう、はじき飛ばした兵たちの誰も、死んでいない。いちいちタカシは確認してきた。アガナもルウオも加減はしているのだ。

 重症くらいは負ったかもしれないが。

「死なねばよいというわけではない。現に、その竜によって破壊された柵から敵が侵入し、小さくない被害が出ている。また、士気にも影響がある」

「あなたなら、少々の士気の低下なんて関係なしに戦えるはずだ!」

 相手の力量を知っているわけではない。褒めたわけでもない。直感的に悟ったことと、そうであってほしいという願い。

「被害なら、反乱軍にもひとしく与えてきた!」

「その二匹が、つまりゴンドーヌの武神の子の隠し球だったか。それで反乱軍に無謀な突撃をさせた」

「違う!」

 この人まで、メッシと同じようなことを言う!

「ルウオは、ソナラを助けるために街へ来ただけだ!そのルウオとソナラを助けるために、アガナは来た。ただそれだけだ。途中にたまたま戦場があっただけで・・・・・・」

「たまたま戦場があっただけだと!たまたま!それが、一司令官への、いや全兵へ対する侮辱だとわからんのか、武神の子ともあろう者が!それとも、たかが竜の進む道で、偶然戦端を開いた我らの不能をそしりたいか」

 そうじゃない、そんなことを言いたいんじゃないんだ。

 ジークを睨みつけて、ふと、タカシは不思議な感覚に囚われた。

 言葉はいちいち激しく辛らつなのに、司令官の表情はひどく穏やかだ。澄んだ目が、じっとタカシの顔を見つめていた。

 なんだ?

「もう一度問う、武神の子よ。なぜ私の前へ来た」

 あ、とタカシは自分の迂闊を責めた。

 ジークは最初になんと言ったか。

「ニナ、どいて」

「タカシ?」

「行ってくる」

「馬鹿なッ、降りれば殺されるぞ。さっきだって、貴様を狙った矢が何本あったか・・・・・・」

「行かないといけないんだ。今まで、みんなに守られてばかりで、自分じゃなにもできなかった。だけど、今、僕にしかできないことがある」

 だから行くんだ。

「ニナは、ここにいて」

「駄目だ、行かせない、行くというなら私も行く」

「僕は大丈夫だ。それより、ニナまで残るとソナラが一人になってしまう」

「残る?残るってなんだ?お前、まさか」

 行くの行かせないのという姉弟のやりとりを、ジークは目を細めて見ている。勇敢な彼ならばその選択を選ぶであろうことは予想できた。まったくもって、しょうのない男だ。

 ニナの手を振り切ってアガナの体を滑り降りたタカシは、ルウオに乗る、というよりへばりついている感じのソナラに、言った。

「僕はここに残るから、アガナやルウオと一緒に、先に行っていて」

「あたしも残るよ」

「駄目だよ。アガナがいると、話し合いがうまくいかないんだ。僕は大丈夫だから。ね、そうだ、花畑で落ち合おう。僕はリョウを連れて帰る。ニナと二人で、待っていて」

 タカシの態度があまりにも自然だったからだろう、ソナラは素直にこくんとうなずいた。それから、身を起こして、彼の首に抱きついた。

「タカ、いなくなっちゃ、駄目」

「わかってるよ」

 たちまちにして兵に囲まれたタカシは、しかし毅然と胸を張って、やぐらを登っていった。以前のような、無理に肩肘を張った虚勢はない。不思議だった。あの時と今と、なにがどう違うのだろう。

 やぐらの上の部屋は、意外に広い。中央に矢を収める筒が束ねて置かれ、四方は胸まで頑丈な木の壁で防御されていた。四本の柱に支えられた天井にはすすが塗ってある。

 ジークを中心に四人の男が待っていた。うち一人はあきらかに格下、おそらく伝令だろう。

「ジーク殿」

 呼ばれたジークは、タカシへ向けていた視線を巨竜へと戻した。

 アケイオデスの親子は、それぞれ背中に姉妹を乗せて、やぐらから遠ざかっていくところだった。

「・・・・・・どういうことだ、タカシ?」

 司令官が自分の名前を覚えていてくれたことが、タカシは嬉しかった。

「僕一人で来ました。アケイオデスの武力を背景にしたのではなく、ただ一個の人間、この命に代えてお話したいことがあるんです」

「さっきの話か」

「そうです!街には反乱者はいない。だから、軍を街へ入れるのはやめてくださいッ」

 ジークはにっこり微笑んだ。

「あー、すまないが、彼と二人きりで話をする。下がってくれ」

「しかし、ジーク殿」

「剣一本持っていない者に、私が遅れを取るとでも?」

「いえ」

「それから、反乱軍を一定の距離を置いて包囲し、全面降伏を呼びかけてくれ。条件は全員の無罪放免。それくらいなら、私が出るまでもないでしょう。反乱軍鎮圧後は、街へ入らずこの場で待機だ」

 不承々々承諾した男たちがやぐらを降りて、部屋は二人だけになった。

「あ、ありがとうございます、ジー」

 火花が散った。痛みはなく、ただ衝撃だけがあって、気付いたら床に這いつくばっていた。過去の苦い記憶が微かに甦った。

「この馬鹿者が!」

 ジークは顔中を口にして怒鳴った。

「なにが命に代えてだッ、愚か者め!そう簡単に命を投げ出すな、それはさっさと死んで責任を放棄するただの卑怯者だ!姉と妹の気持ちをさえ無視する痴れ者だ!」

 左頬を殴られたのだと、ようやく気付いた。触ろうとすると、外側というより、顔の内側から痛みが広がって、うっ、と思わずうめいていた。

「だけど、僕にはこうするしか・・・・・・あなただって言っていた」

「私が言ったのは、数多くある選択肢のうちの一つにすぎん。その中でも、貴様の選んだ選択肢は最悪のものだ」

 落ち着いてきたジークは、うずくまるタカシへ手を貸した。

「それでも、なにも選ばぬよりはマシだが、ならばなぜ、竜を去らせた」

「話し合いをするのに、あれでは脅しているようなものだから」

「脅しもすかしも話し合いのテクニックだ。それに対して、自分の命を安売りするのは、話し合う前から負けを認めているにひとしい。姉と妹の身をも案じたのかもしれんが、それは彼女らとて同じこと。リーダーは、仲間の身を守りながら、それでも常に自分の命を最大限に守らなければならないものなのだ」

 私はなにを言っているのだろう。ジークの心の片隅に奇妙な疑問がわく。いや、そもそも武神の息子に説教すること事態が変だが。

「ここは戦場だ、戦争ではどんな汚い手口でも、勝つためなら選択肢として選ばなければならないこともある。汚れることは指揮官の義務だ。綺麗ごとを並べるのは、まず勝って、それで初めてできる。それが指揮をするということ。それを、指揮官が簡単に命を投げ出してどうする。勝利することすらできなくなる。お前にならわかるはずだがな、武神の子」

「僕はリーダーでも指揮官でもない」

「それでも、だ。お前たち兄弟は、誰一人として欠けてはならんのだろう。一人でも死ねば、勝てなくなるからだ」

 タカシは目を見開いた。

「どうして、そんなこと」

「む、あ、いや、まあ、似たような経験があるからな。ともかく、ここへ来るのに、死ぬつもりだったなど、欠けてはならない人間のしてはならない行為だ」

 やぐらに登ってきたタカシのすっきりした顔を見て、瞬時に悟り、そして怒りが渦巻いた。

 死ぬつもりだとわかったからだ。今まで、数え切れないほど、同じ種類の顔を見てきているから。

 ジークは怒りのおさまった腹で、私らしくもない、と少しばかり反省した。

「とにかく、戦闘が終わるまでここにいろ。私のそばにいれば、少なくとも殺される心配はない」

「あの」

 タカシは首をかしげた。

「なんで、僕なんかのために、それほどよくしてくれるのですか?」

「なんか、という言葉は使うな」

 釘を刺してから、ジークはやさしく微笑んだ。

「なんと言うかな、五年ほど前の私たちを見ているような気がしたのさ、お前たち兄弟のことを思うと。もっとも、まだ長男には会っていないが」

 さて、とジークは柱に背を預けた。

「あの竜のことを話してくれないか。隠し玉ではないと言っていたか?」

 この人なら理解してくれるだろうか?

 不思議とタカシは、素直な気持ちでルウオとの出会いから話し始めていた。

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