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竜を操る魔女

 タカシとメッシとリョウと兵士が剣の向け合いをするより、少し前。

 北門の内側では、異様な殺気が渦巻いていた。

「魔女は殺せッ」

「アケイオデスを殺せッ」

「なにを言う!」

 複数の住人に踊りかかられて組み伏せられたニナが、悲鳴のような声を上げて叫んだ。

「ソナラは魔女じゃない、魔女なんかじゃない!」

 誰一人として聞いていない。

「駄目、ルウオッ、駄目ッ」

 始め暴れていたルウオも、剣と棒とでソナラごと押さえつけられていた。ルウオの脅威の身体能力も、ソナラとぴったり密着していては、彼女の脆い体を傷つけかねない両刃の剣だ。

 彼女たちを取り押さえている者の中には、知り合いがたくさんいる。花を買ってくれた人、タカシ発案の住人整理で知り合った人、あの夜、ソナラが歌うように名を呼んだ人。

「なにをするッ、離せ、ルウオは人を傷つけたりしない!ソナラは、悪しき魔女なんかじゃない!やめろ、やめろッ」

 キュアアアアアア

 天へ向けて、ルウオが吠える。それは雄叫びではない。悲しく、長く長く響く声。

 ソナラの悲鳴が聞こえる。振り上げた棒が、勢いをつけて落ちる。悲鳴が聞こえる。

 あの時と同じだ。ソナラの肩に焼印を押された、あの時と。目の前でソナラが泣いているのに、どうすることもできない。

 あの時も叫んでいた。助けて、と。ソナラが、ではない。

 ニナが。まだ子供だったニナが。

 ――助けて、ソナラを助けて、お父さん、ソナラを・・・・・・

 涙がにじんだ。

 強くなったと思ったのに、そこらの男には負けない自負はあるのに、ソナラが傷ついている時、守ることも助けることもできず、叫ぶことしかできないのか。

 助けてくれ、タカシ、リョウ、助けてくれ、あたしはいいからソナラを助けて、助けて、お願いだ、お父さん・・・・・・

 キュアアアアア

 ルウオが泣いている。ソナラをかばうようにしても、その小さな体では全身をかばえない。

 キュアアアアア

「駄目ッ、ルウオッ、駄目ッ」

 涙に咽ぶニナにも、ソナラの声が聞こえた。

 暴れては駄目・・・・・・と思っていたが、今のこの状況で、なにを制止する?

 駄目?なにが駄目・・・・・・?



 メッシは呆然と、それを見た。

 タカシとリョウまでぱかんと口が開いた。

 走ってくる。

 陣幕だろうがやぐらだろうが柵だろうが、自分の前に立ちふさがる物すべてにぶちかましをかけて難なく破壊しながら、最短距離を最大速度で突っ走ってくる、青銅色の巨竜。よけるということを知らない様は、まさに、この親にしてあの子ありだ。

 反乱軍も王国軍も兵など一切無視で蹴散らし、怒涛の勢いでやって来る。地響きをあげながら突き進んでくる。

「逃げろぉ!」

 一瞬早く我に返ったタカシが叫んだ。直後。

 その巨体は、速度を落とさず門扉に激しく体当たりしていた。



 なにが起こったのか、内側にいた人間にはさっぱりわからなかった。ただ、段々大きくなっていく地響きが最高潮にまで高まった時、凄まじい轟音を発して、門扉が内側へひしゃげた。

 びりびりと空気が震え、外壁が振動で揺れる。立っていた者は地面へなぎ倒された。

 誰もが動きを止める中で、一番最初に事態を把握したのはニナだった。駄目、それはつまり、こういうこと。

「親が来たぞ!」

 あらんかぎりの声を張り上げる。

「その子竜の親が、アケイオデスがやって来たんだ!さっきから呼んでいたんだよ、その子が、親を!」

 恐慌を起こして逃げ散ってくれ。ニナは必死に願った。誰もいなくなれば、被害はないはずだ。

 ルウオの口を押さえているソナラを見て、そんなニナの思いも変わる。

 妹は血だらけだった。

 いっそのこと、全員竜の腹の中へ・・・・・・ 

 いや、駄目だ駄目だ、タカシがあれほど辛く苦しい戦いの果てに得た、街の人の命。それを、奪うわけには・・・・・・ 

 ドガダアン!

 二発目の衝撃で、閂の一本が折れ飛んだ。

「みんな逃げろぉ!」

 ニナが絶叫したのを合図にしたかのように、人々はうわあと声を上げた。ようやく現実を認識できたらしい。パニック状態となり、我先にと街の辻へと逃げ出していく。

 中には、剣を持ってかまえた者もいた。だが、三発目で門扉が完膚なきまでにはじけ飛んだその向こう、青銅色の巨体と銀色の牙を前にして、戦闘意欲が持続する者などいなかった。

 キュオオオオオオ

 子供のものとは違う、腹に響く雄叫びに吹き飛ばされるように、残った者も後も見ずに走り出していた。

 残ったのは、二人と一匹と、その親。

「アガナ」

 ソナラが呼ぶと、巨竜は首を下げて彼女の前へでかい鼻を持っていき、んぶふー空気を吸い込んで、んばはーと口から息を吐いた。その鼻を、ソナラは抱きしめる。

「ありがと、でも、駄目だよ、いじめられるよ」

 ソナラ、違うよ。

 破壊された門の向こうを透かし見て、ニナは安堵と吐息とともに苦笑いをもらした。

 巨竜の走ってきた辺りだろう、遠目にも悲惨な状況になっているのがわかる。柵もやぐらも破壊され、通常の戦闘ではありえない形で、兵たちが塊になって倒れている。

 アガナがいじめていたんだよ。

 ともかくソナラのそばへ駆け寄ったニナは、妹の体の傷を確かめて、もう一度、安堵のため息をついた。

 痣や切り傷があるが、ルウオがかばってくれたおかげか、ひどい怪我はない。

「ありがとう、ルウオ」

 それまで、落ち着いた様子で自分の体の傷を舐めていた子竜が、ニナの言葉に首をかしげ、それから、がっぱっと口をあけた。

 ニナは苦笑しつつ、人食い竜と恐れられる彼の口に手を突っ込んで、やさしく舌を撫でてあげる。

 ルウオは、いつもと変わらない。激昂して住人を追いかけたりもしなかった。思った以上に冷静で、賢くて、強い。

 もっとも、それはニナの買いかぶりだった。ルウオは、自分とソナラを打った人間の臭いをしっかり覚えている。万が一にも彼らがルウオの前へあらわれたなら、即座に容赦なく無慈悲な殺戮が待っているだろう。

「ニナ」

 名を呼ばれて、彼女は振り向いた。

 タカシとリョウとメッシとその他大勢が、恐る恐る門柱の陰から顔だけ突き出していた。

「あの、そいつは?」

「ルウオの親だ。私も一度しか会ったことがないのだが、リョウは会っているだろう?」

 首だけのリョウがこくこくうなずく。

「アガナという。母親だよ」

「あ、危なくないの?」

「平気だ。一度覚えた友達の臭いは忘れない。リョウだって、その体にソナラの匂いが残っていたから、食われずにすんだのだからな。怖くないだろ?」

 首だけのリョウがこくこくうなずく。

 そして、ニナは笑った。それはそれは美しく。

「だが、友達でない人間は容赦なく食い殺す。メッシ、それにその他大勢。気をつけることだな」

 最初に逃げ出したのは兵士たちだった。

 馬なんてとっくに逃げている。自力で走るしかない。

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