飛ぶ竜あとを濁さず
走る。黒い塊が、強靭な脚力にものを言わせて突っ走る。
人がいれば体当たりでふっ飛ばし、陣幕は体当たりで突き抜け、柵は跳び越し堀も跳び越え疾走する。所詮獣、ぶち当たるか跳ぶかしか能がない。
ただし、獣の走りは速かった。最短距離を最大速度で突っ切っていく。
思ったよりも敵の攻撃が激しいな。ジークが焦るでもなく冷静にそう分析していた頃、その報告はきた。
「どうした、報告は正確にしろ」
「アケッ、アケッ、アケイオデスです、その、こっこっ子供が」
「馬鹿を言うな。あのたぐいの竜は、無意味に人と接触したりはしない」
「しっ、しかし、何人もの兵が突き飛ばされて」
「食われたとでもいうのか」
「いえ、ただ、陣をまっすぐ横切って、そのお」
「報告は正確に、明確に、迅速に」
「はっ、そのお、柵を飛び越えて行ってしまいました」
「・・・・・・」
この街ではわけのわからないことばかりが起こる。
走る。ひたすら走る。なんだか人の群れの人数が増えて邪魔になったが、よけるということを知らない子竜は、人間どもをはじき飛ばしながら走る。
途中で何度か体に刃物が当たったが、無視して走る。歯向かってきた者の臭いは覚えた。やり返すのは後でいい。
ずばんと最後の数人に体当たりをぶちかまし、人の群れを突き抜けた。
走ってくる。黒い塊が走ってくる。
門の前でへたり込んでいるタカシ目掛けて、小さな点が走ってくる。
その点はやがて丸になり、個体を識別できる距離にまで近づいた時、ぐんと小さな体がさらに縮んだ。
あ、と思う間もなく、黒い塊が跳ぶ。
空を飛ぶ。
あー、と間抜けな声を出しながら視線が竜を追い、真上を見上げ、気付いた時には仰向けに倒れていた。
巨大な外壁の向こうへ消えた竜。
やっぱり、竜は飛んでなんぼだよ。
「ルウオが来たなら、大丈夫だ・・・・・・」
自分へ言い聞かせる。
相変わらず、自分の手では一人の女性も守れない。その悔しさを、噛み締めながら。
全身のバネを駆使して外壁の頂上まで跳び上がったルウオは、ヘリに片足を引っ掛け、さらに跳んだ。
彼女のいる場所はわかっている。その窮地も知っている。そばには彼の友人のニナがいた。そういえば、タカシやリョウもいたような気がする。後で挨拶に行けばいい。そんなことより、今は彼女だ。
ソナラのそばに立つ男を踏み潰して着地したルウオは、彼女を守るために雄叫びを上げた。
キュアアアアアアアアア
呆気に取られたニナの前で、面白いほど勢い良く人間が飛んでいく。
ルウオが尻尾を振るたび、二、三人ずつがなぎ倒される。凄まじい脚力で跳び蹴りかますと、ほとんどぼろ布のように吹き飛んでいく。
「駄目ッ、ルウオをいじめたら駄目ッ」
ソナラ、違うよ、ルウオが暴れているんだよ。
妹の誤解を訂正する気力も奪われて、ニナはその場に座り込んだ。
まさか、大型犬ほどの大きさしかないルウオに、外壁を跳び越す脅威の身体能力があったとは思わなかった。それに、誰も殺していない。やさしいソナラへの配慮だろう。牙を使わないのはそのために違いない。この子竜の意外な賢さを知っているニナにはわかる。
男たちを全員叩き伏せたルウオは、キュアアと勝利の雄叫びを上げ、うずくまっているソナラの肩に鼻をこすりつけた。
ソナラは泣きながら友達の首にしがみつく。
「ルウオ、駄目ッ、出てきたら、いじめられるよ。怪我、してるよ」
この後におよんで友達の身を先に心配するのも、ソナラらしい。
ふと周りを見ると、味方も敵もそれ以外の野次馬も、さきほどより増えて二人と一匹を遠巻きにしていた。
剣呑な雰囲気に、ニナの全身を包んでいた安堵が霧散する。
どこかで、誰かが、魔女だ、と、言った。
黒い竜を操る悪しき魔女だ、と。