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彼と彼女を隔てる扉

 馬上のメッシが、嘲笑うようにタカシを見やった。

「お前は出てこなくてもよかったのだがな」

 タカシは徒歩だ。馬に乗れないのだからと、馬は貴重な騎兵戦力に回された。騎兵はタカシが奪った馬も合わせて二百三十騎。すべて北門部隊に集めている。

 全兵士が門の前で整然と並んだのは昼過ぎ。決死の突撃前にしては統率の取れた静かな布陣で、その点、兵を掌握する指揮官としてのメッシの能力は、高く評価してもいいだろう。

 陣形の真ん中最前列で、メッシは細かい指示を伝令に伝えながら、時折り意味ありげにタカシを見やる。

 なんだ?と不審に思いながら、タカシは隣で馬上の人となっている友人を見上げた。

「リョウまで出てこなくてもよかったのに」

「バーカ」

 リョウは楽しげだ。

 映画でしか見たことのない総当りの合戦。それを実体験できるチャンス、みすみす逃すつもりはない。

 というのが表向きの理由。もう一つは、いいかげん言うのも恥ずかしくなってきた理由。

「ニナは大丈夫かな」

「平気だろ。あーいう女だ」

「そうだね、ああいう人だ」

「ソナラの心配はしないのか?」

「心配し始めると、終わらない」

 指示を一通り出し終えたメッシが、さて、とタカシを見やった。

「それで、どうする?敵は、頑強な砦にこもっているようなものだ。会戦ではなく攻城戦だと思った方がいい。攻城戦では」

「三倍の兵力を当てるのが常識。何度も聞きました。たしかに最初は被害が出るでしょう。しかし、それも最初だけ、父の援軍を知った敵は動揺し、崩れる。砦と違って、彼らの背中はがら空きだから」

「そういう策、だったな」

 メッシが口元を歪める。まただ、意味ありげな目。

「まあいい。もしお前の言うことが全部でたらめであったなら、玉砕するまでのこと」

「でたらめだったら、僕はここにいませんよ。死にに行くようなものだ」

 メッシはまだ笑っている。指を突き出し、チッチッと横に振った。

「わかっているさ。だが、青少年の心の機微を最近になって思い出してね。特に兄弟愛について」

 嫌な予感が背筋を凍らせた。

「姉と妹のためなら命を投げ出す馬鹿が世の中にはいる。それを忘れていたのでな」

「なにを・・・・・・」

「あのソナラとかいう欠損者の隠れ家は、もう突き止めている。今頃、街の住人になりすました兵が捕獲しているはずだ。もしお前の言葉に嘘が一つでもあったなら、即座に殺すよう指示してある」

 音を立てて血が引いていくという感覚を、初めて知った。本当に目の前が暗くなり、立ちくらみのように体が揺れる。

「てめえ・・・・・・」

 リョウがなにか言おうとした時、メッシは無視して全軍に向けて叫んだ。

「突撃!」

 振り返ったタカシの眼前には、巨大な門が閉じられている。

 ニナ、ソナラが・・・・・・

 聞こえるはずがないのに、ソナラの悲鳴を聞いたような気がした。



 同じ瞬間。

 森の中で蟻の行列を眺めていた小さな黒竜が、はっと顔を上げ、人の群れの向こう側にそびえる街の外壁を見やった。



 一方の南門担当のレナートは、街の治安維持部隊、警衛隊千人で、策も能もなく突撃を開始した。本格的な戦闘の経験もなく、太った体はかろうじて乗馬に耐えられるという程度で、肉体的にも精神的にも厳しい突撃だった。

 警衛隊は全員徒歩なのだから、一人馬に乗るレナートだけが先行する。出すぎたという自覚もなく、最初に降りしきる矢の洗礼を受けたのは彼だった。

「わっ、わっ」

 幸運にも体は無事だったが、馬の方がやられた。どうと倒れる馬の下敷きになって、ぐええと管理官は叫ぶ。

 後続の警衛隊に馬の下から助け出された彼の心はパニック寸前だったが、矢の第二陣が降ってくるにおよんで、最初からなかった平常心をもっと狂わされ恐怖にとらわれていた。

「引けッ、ひけ、退却、いや後退!」

 実に一兵の損失もなく、怪我人だけで退却を開始すると、呆れられたのか続く矢の雨が降ってこない。

 これ幸いと南門まで走り、がんがん叩いて開門を要求する。

 後ろを見ると、防備の向こうから敵兵があらわれ、黒い群れとなって近づいてきている。

 交戦する意欲などなかった。指揮官がこれでは、部下も恐慌に陥る。

 しかし、門は開かなかった。



 北門の内側を守る守兵と反乱軍に手を貸す民間人の両方を完全に制圧し、ニナは南門の方角を見やった。

 ニナがいたとはいえ住人一斑の男勢だけで制圧できたのだから、こちらより手薄のはずの南門も、心配はいらないだろう。あちらには三班を回してある。

 後は、メッシが残した残留兵士を片付ければ終わりだ。

 大きさが家屋の柱ほどもある二本の閂を見上げ、この門は大丈夫、と判断したニナは、味方の住人に後を任せて走り出そうとした。

「ニナちゃん!」

 ソナラの声が、その足を止める。

 馬鹿な、マエラおばさんの家に隠れろと言ったのに、なんであのこの声がする。

 ソナラを中心にあらわれた二十人ほどの住人。だが、その顔は、平穏な一般人のそれではなかった。多くの血を吸った者のみが見せる、殺気だった怒りの表情。

「門を開けろ」

 一人が言った。ソナラへ剣を向けて。

 ニナは歯噛みした。

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