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最後の一日の始まり

 予定では、今日だ。

 タカシは心臓をばくばくさせながら外壁を登った。

 王国軍騎兵五十騎を破り、凱旋を果たしてから六日目。双方散発的な戦闘が何度か起こったものの、おおむね戦場は静かだった。やはり、タカシの想像通り、敵は別の砦にこもる反乱軍司令官の陥落を待つつもりのようだ。

 そうと悟らせないために、レナートには散々大嘘をついてきたが、それも今日で終わる。肩の荷が下りたというか、もうあの脂ぎった顔を見なくてすむんだという清清しさといか、もう口先三寸舌八寸のでたらめを考えなくてもよくなるのだという爽快感というか、とにかく説明のしようのない幸せな朝だった。

 外壁の上では、見張り兵の隣にメッシが立っていた。

「総攻撃を考えている布陣とは思えないがな、王国軍の陣容は」

 記録官の肩書きだった頃と違って、メッシは横柄な態度でタカシを睨んだ。

 タカシも同感だ。どう見ても、攻めるためではなく守るための陣形。頑丈な柵や深い堀も、砦に近い。普通の砦が外の敵に対して防御するのに対して、王国軍の陣は内部の敵からの防御という違いはあるが。

「敵にとってもっとも恐れることは、王国軍主力との合流前に、死に物狂いの我々から無謀な突撃を受けることです。しかし、あれだけ防御を固められては、我々は攻撃を躊躇せざるをえない。あの構えは、いわば心理戦ですね」

 僕には詐欺師になる才能があるのだろうか。タカシは憂鬱になりながら、表面では得々といかにもありそうな理屈を並べた。

「しかも、南側をわざと手薄にしている。我々の突撃を南側へと誘い、万が一突破されても近々合流する主力部隊と挟撃できる、という二段構えの策、と見ました」

 そんなことあるわけないのだが、喋っているうちに本当のような気がしてくるから不思議だ。そもそも王国軍主力なるものだって、あるとは思っていないのに。

 南側が薄いのも、包囲戦では一角に隙を作る、という定石通りに布陣しただけだろう。

 胡散臭そうな目でタカシを一瞥したメッシは、それでも反論せずに近くの山へ視線を向けた。

 誰かが、なにか叫んだ。

 タカシが、つぶやいた。

「よかった・・・・・・」

 山肌の一角で、一筋の黒煙が風に揺られてたなびいた。



「狼煙があがったと」

 興奮した顔のレナートが、居館へ戻ったタカシとメッシを迎えた。

「父が来ました。事前の取り決め通り、兵を集めてください」

「む」

 レナートが困惑顔をする。

「武神はまだ山の向こうだろう?到着するまで待たぬか?」

 タカシはまじまじとレナートの太った顔を見つめてしまった。

 散々論議してきた話を土壇場で蒸し返す愚かさ。怒りとか呆れとかいうレベルを超えて、哀れに思えてしまう。

「何度も言いました。これはあなた方の戦争だ。主力はあなた方で、父はそれを加勢するという形です。もし武神が先に戦端を開いたら、それはもはや、武神の戦争であって、あなた方の戦争ではなくなる」

 愚かな形式論だが、通じる相手には通じる。

「レナート卿、取り決め通り、南門は任せました。全警衛隊で出撃、一戦を交えてから後退する。いいですね」

「そう何度も言うな。南側の敵を釘付けにするのだな、わかっておる」

 何度も繰り返さないと、その贅肉だらけの頭の中に叩き込めないから言っている。タカシは普段の彼らしくもなく毒づいた。どうも、レナートたちの毒に当てられたのか、芝居が人格に影響を及ぼしているのか、人が変わりつつあるようだ。

「安心しろ、管理官」

 メッシはレナートへ対する態度さえ豹変させていた。

「五千の兵を見たところで、北側主力を預かる指揮官は南側の兵を動かそうとはしないだろう。万が一のための置き石、適当に戦ってすぐ逃げ帰ることだ」

 レナートの顔が赤くはれあがる。怒りのためだろう。しかし、タカシにとっては管理官の怒りよりも、メッシの冷静さに驚いていた。タカシも同感だったのだ。

 それより、とメッシはタカシへ訊ねた。

「本当に、あのニナという女は出ないのか?お前より役に立ちそうだが」

「戦争に、女がなんの役に立ちます?」

「それに、昨日辺りから、お前の妹の欠損者が消えたという報告もある」

 監視されていたのは知っている。顔を見られないように、タカシは彼らへ背中を向けた。

「・・・・・・戦争で、欠損者がなんの役に立ちます。適当なところに隠れていろと指示しただけで。どこに消えたかは知りません。では、リョウを呼んできます」

 タカシは居館を出た。



 王国軍きっての知将にしてローデシアの盾と呼ばれる司令官ジークは、不思議な気持ちで敵軍を眺めていた。

「どういうつもりだ?」

 包囲網のあちこちに、物見台程度のやぐらをいくつも設置している。その上で、彼は数人の腹心の顔を順繰りに見回した。

「ジーク殿がわからぬのに、我々にわかるはずがない」

 一人の言に全員がうなずく。

 敵は、北門を開けた。のみならず、続々と兵士があらわれ、王国軍がさら地にした場所へ陣形を布いていく。

 それだけを見れば整然と会戦準備をおこなう軍なのだが、籠城中の軍の行動としては、奇妙というか、狂気すら感じる無謀なものだ。

 強固な柵と堀とやぐらとで厳重に囲まれているということを、敵は理解していないのか?この囲いは内側の敵からの攻撃を防ぐ防備だとわからないのか?

 どんな挑発を受けても、ジークには正面から攻撃するつもりなどない。こちらは頑丈な防備の後ろにいればいい。彼らは、言ってみれば砦へ対して寡兵で突撃するという愚策しかとりようがない。そんなことは周知の事実のはず。

「さきほどの狼煙と関係があるのか」

 独り言に千の疑問を込めて、ジークは部下へ下命した。

「一応、後方への偵察部隊を増やせ」

「援軍でも?」

「ありえんが」

「その影すらありませんからな」

 内にばかり目を向けていたわけではない。陣の外側にも執拗な偵察行をおこなってきたのだ。もし援軍があるとしても、気付かないわけがない。

「どのみち、突撃してくるつもりだとしか思えない。準備怠るな」

「南から兵を呼びますか?」

「必要ない。見たところ五千というところか、これだけ防備を固めているのだ、ここの部隊の半数でも撃退できる」

 タカシというあの武神の子には、それが理解できないのか。多少の失望を残して、ジークはやぐらを後にした。

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