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彼の隠れた活躍

 ここ数日で、メッシの態度が激変していることに気付いた。

 記録官という下官の仮面を脱ぎ捨てて、冷酷な指揮官の顔になっている。ちょっとでも隙を見せれば噛み付いてくる、毒蛇の目だ。

 タカシは、そんなメッシ相手に、よくやりあっていると、これはリョウとニナの共通意見だ。

 タカシにはやらねばならないことが山ほどあった。

 住民の整理。

 街の中では、元々大雑把な区画分けがされていたようだが、タカシはそれをより細分化し、厳密にしたのだ。十家族で一単位となる班を作り、班長から連絡係まで明確な役割の分担をして、軍並みとはいかないまでもある程度の指揮系統を整え、最悪指揮不可能状態でも情報だけは伝わる連絡網を構築した。タカシにとっては、要はクラス分けであり、班分けであり、連絡網は学校のそれをモデルにした。

「ニナ、人選は任せるけど、大丈夫だよね」

 彼女には、各班の中から、反レナート感情を持ち、口が固く信用できる者を選び、味方に引き入れる役が与えられている。手勢のないタカシたちにとって、最低限の手足になってくれる者たちだから、人選には慎重を期したい。ニナの笑顔を、タカシは完璧に信用した。

 同時にタカシは、外壁を調べ、北と南の門の強度を確認し、街の見取り図を頭に叩き込む。

 タカシは市街戦をも想定しなければならない。それは考えうる限り最悪の事態で、その時には当然作戦は失敗しており、最後の一パーセントに賭ける愚かで無謀な戦闘となるだろう。だからといって、考えておかないわけにはいかない。冷徹に現実を直視し、どんな失態も事前に考慮して、できるかぎりの手を打つ、それが人を守るということなのだ。

 また毎日外壁へ登り、まだ狼煙はあがらないのか、と気を揉む作戦立案者の姿を演じて見せなければならない。

 狼煙の上がる日は知っている。が、メッシやレナートの目を考えれば、でんと腰を落ち着かせるより、一刻も早く作戦を実行したいと焦る姿を見せた方が、効果はある。

 そんな多忙なタカシのかたわらには、常にリョウが従って周囲に目を光らせていた。

 戦闘が間近だと知らされて兵たちが殺気だっているため、うろちょろするタカシとの間に軋轢が生じないよう、護衛していただけだった。当初は。

 ある夜半に、リョウはニナと相談していた。

「タカシが狙われてる。たぶん、メッシの野郎の手下だ」

 この時はまだ彼特有の動物的勘でしかなかったが。

「まさかとは思っていたが、ありうる話だ」

 ニナはうなずく。

 タカシは元々ゴンドーヌの人間。ゴンドーヌとローデシアが潜在的敵対関係にある以上、その才覚を見せ付ければするほど、ローデシアの人間であるメッシやレナートの目には、脅威と映るはずだ。それも一時ではなく、将来に渡って。

「十年後のタカシを殺すより、今のうちに消す方が容易い」

「でもな、タカシなしで、どうやって作戦を成功させようってんだ?あいつら」

「武神の到着が確実なら、もうタカシなしでいけると踏んだのかもしれない。それとも、タカシのことを、マムントンの奇跡の再来かと恐れたのか・・・・・・」

「まむ、まむ?なんだ、それ」

「知らないのか?」

 ニナが呆れ顔でリョウの顔を見つめる。

「五年前にも、ローデシアでは大きな反乱があったのだ。その時はある程度まで成功し、反乱軍は首府マムントンを包囲、王国軍の大半は反乱側の撹乱策によって、辺境に散っていた。防備の手薄な首府は陥落寸前だった。だが」

 奇跡が起きた。

 それまで無名だった一人の男が、そのカリスマ性で民を結束させ、反乱軍に抵抗。奇想天外にして巧みな戦術と、他国を巻き込む大胆不敵にして壮大な外交戦略によって、絶対的有利の立場にいた反乱軍へ壊滅的な打撃を与え、これを撃破。首府は命脈を保った。

 ローデシアの民は、この劇的逆転の勝利をローデシアの奇跡と呼び、その主役となった一人の男を、「マムントンの奇跡」 という二つ名で称えるようになる。

「そのマムントンの奇跡は、当時若干十四歳。兵役志願すら許されない年齢だった」

「じゅッ」

「今では、あらゆる年齢制限を特例でクリアし、彼は政治の真ん中で改革派の筆頭に立っている。立派な王国軍参謀だ。考えてもみろ、もしマムントンの奇跡並みの、あるいはその半分でもタカシに才能があるとすれば、ローデシアの人間がどれほど恐れるか」

「味方なら心強いが、敵なら怖い。レナートがビビるのもしゃあねぇわけだ」

「お前は、タカシのそばから離れるな。私があいつを守りたいが、厄介な仕事があるので手が離せない。能無しでろくな仕事のないお前は、適任だ」

「・・・・・・いや、もうなにも言うつもりはねぇ気だったけど、一つだけ。少しは俺のこと」

「信頼しているから言ってる。今のタカシを守れるのはお前だけだ、頑張れ、まつぼっくり」

 まつぼっくりってなんだ?

 ニナとの会話を追想しながら、今日もリョウは、タカシの背中に短剣を刺そうと近寄る男を牽制し、場合によっては眠ってもらうのだ。日に日にやり口があからさまになっていく。

 事態を知らないタカシは平気な顔をしていた。

 鋭いのか鈍いのか、わかんねぇよなぁ、お前って。

 リョウは慨嘆してしまう。

 いっそ暴れてしまえれば気が晴れるのだが、表ざたになれば、全兵士がタカシの敵になる。

 しかも、当のタカシが、自分の危険に気付いていない。自分が危険視されていることすら想像していない。狙われてると告げても「まさか、そんなわけないよ」 と笑って聞かない。

「僕なんかを狙うわけないじゃないか」

 リョウは時々馬鹿馬鹿しくなる。こいつが、自分の才能を正当に自覚すれば、それで済む話なのに。

 タカシは今日も、ニナが選んだ班長へ会いに行く。詳細を詰めるために。

 班長の家へ入ったタカシを確認し、リョウはふうとため息をついた。

「出て来いよ、おっさん」

 人ごみの中で、一人の偉丈夫がむくりと動いた。

「気付いていたか」

「暗殺向きのガタイじゃねぇからな。あっちにひと気のない路地がある。そこで決着つけねぇか?」

「貴様を殺せとは言われてない。目的は一人」

「わかってるよ。俺の方も、おたくを殺すと面倒だ。言ってみりゃ、こいつは喧嘩さ。安心しろよ。もし俺が負けてどうにかなっても、仲間は全員、俺の喧嘩っぱやさを知ってるんでね、問題にはしないさ」

 二人は黙って路地裏へおもむいた。

 男の体はまさに筋肉の鎧。身長など、長身な方のリョウより頭一つ分高く、体重にいたっては倍近い。抜いた剣は常人にはとても扱えない重厚な代物。それを軽々と操ってみせる。

 当然だ。ローデシアの軍内で最低の地位からスタートし、泥水をすすりながら着実に戦果をあげて、責任ある役職にまでたどり着いた豪傑。それまで、どれほど戦塵をかいくぐり、何人の敵を倒してきたことか。

 ところが、親の七光りで入隊した新参兵に立場を奪われ、メッシに拾われるまで苦難の日々が続いていた。だから、恩人であるメッシのために・・・・・・

 という回想の途中で、男は白目を向いてぶっ倒れた。

 人目のない路地で剣を抜き、対峙してから五秒ほどは経っていたろうか。

「弱いぜ、おっさん」

 刃を潰していて殺傷力のない長刀を片手に、リョウはつまらなそうに言った。

「練習にもならねぇよ」

 久々にモルグと打ち合ってみてぇなぁ、と、彼は一度も勝ったことのない英雄を思い出して嘆息した。

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