死地への凱旋
街の周辺はさら地に変化していた。
木々が伐採され、その木材で街を囲む柵を立て、要所に砦を作り、攻城戦用と思われる大掛かりな道具まで作り出されている。一万の兵が土木作業に従事した結果だ。
これが、戦争。
タカシは瞠目した。
たった数日で景色を一変させ、人を殺すための工夫をこらす、これが戦争。
戦端が開けば、このさら地を血が染めあげるのだろうか。
さすがにタカシとニナは馬を与えられたが、他十八人は徒歩だ。兵士の一人は、タカシのために手綱を引いてくれている。
騎兵五十騎の指揮官は、馬にも乗れないタカシの無能をあからさまに笑っていた。それでよく戦うなどと言える、と顔が如実に語っている。
しかたないじゃないか、と以前なら開き直っていただろう。だが、今のタカシは、馬に乗れないことが悔しい。恥ずかしい。堂々と胸を張って、戦う、と言う権利が自分にはないのだと、自分に対する怒りがうずまく。
あんまりに無力な自分。リョウやニナがいなければ、なにもできない自分。
今も、柵の間を縫って出て、外壁へと近づいているのは、武神の子のわがままととられている。しかたなしに付き合っているだけ、というのは空気で知れる。
モルグの名を徹底的に利用しなければ何一つできない。その歯がゆさ。申し訳なさ。
それらのマイナス感情を一生懸命内側に沈めて、タカシはそっとニナに訊ねた。
「やれる?」
「愚問だ」
ニナは笑った。頼もしいという以上に、親しい者にしか見せない信頼の笑顔。
ああ、笑顔って、心を静めてくれる。特に美人の笑顔は。
さら地を黙々と進み、指揮官がタカシへ声をかけた。
「これ以上は矢の射程です」
意外に遠い。ばかでかい外壁の上から撃つと、ここまで届くというわけか。
タカシは手綱を握る兵士に言って、数歩、前に出た。
「私は、タカシ・バートレット!」
武神の栄誉に連なる血統、云々。時間稼ぎの紋きり口上。
しばし待つと、街の北門が、静かに開いた。
「馬鹿な」
指揮官の声が聞こえる。
確かに、籠城戦において自ら門を開くなど愚の骨頂。
「撤退を」
指揮官の言葉は、そこで途絶えた。
振り返った時、すでにニナは剣をおさめていた。
首を失い血を噴出させる指揮官の体が、馬の挙動に合わせて、ぐら、ぐら、と揺れて、地面に落ちた。
首のない体。
タカシには、それが人間に見えなかった。
人以外のなにものか。首、顔、頭、生物として最大のの尊厳を失った命のないかたまり。
だが、それは間違いなく人の姿だ。生き物の成れの果てだ。
タカシは、気にもしていなかった事実に直面した。
人の死ぬ場面を見るのは、初めてだ。
一瞬にして血の気が引く。
僕の立てた作戦で、この人は死んだのだ。
なにかを叫んでいたが、自分でも意味はわからなかった。
混乱した騎兵へ向けて、次々に歩兵たちが飛び掛っていた。騎兵の破壊的な突撃力を発揮する余地はなく、机上の戦力比は意味をなさなくなっていた。
その頃には、街から来たわずかな騎兵が彼らを飲み込んだ。
中にリョウの姿を認めて、タカシが叫んだ。
助けて、リョウ・・・・・・
報告を聞いて、ジークは立ち上がった。
「なんだと?」
「部隊を指揮していたナナル殿は戦死。武神の子二人と手勢二十、およびわが方の乗騎五十は街へ入りました」
ジークは思わず握った拳を振り上げ、それからテーブルを叩くのをこらえて手を振るわせた。
これは、なんだ?そんなことをして、いったいなんの益になる?そもそも、武神は反乱軍ではなくローデシアに肩を入れていたはずだ。それが、両国の和平のためなのだから。
なのに、なんでここで、こんなくだらない真似をする?
部下の死。これは痛い。ジークは若いが故に、就任当時、年かさの部下との間に様々ないざこざが起こった。それを乗り越えて培った絆が、ジークと各指揮官との間にあり、軍の結束を固め、部隊を有機的に動かすことができるようになった。その部下を一人、失った。
いや、最大の問題はそこではない。
周辺諸国は当然容認しない反乱に加担して、武神にいったいなんの得がある?その二つ名をおとしめるだけではないか。
子供を人質にされてやむなく?武神がその程度の男か?単身乗り込んで奪い返すくらいはする。あの姉弟にしても、おとなしく人質におさまるタマじゃない。
考えてみるに、この事件、作戦行動が小規模すぎる。考え方が小さいのだ。歴戦の勇者武神とは思えない。
ジークは頭を抱えた。
タカシは偽者か?だが、あの目、ニナの必死の気迫、共に本物だったように思える。
まさか、武神の子たちだけでなにかしらのたくらみを?
ジークはタカシとの会話の詳細を思い出そうとした。
父の名を汚すだけだと知っていて、馬鹿な真似を?
街へ凱旋を果たしたタカシは、しかし青い顔をして元気がない。
「どうした?」
心配そうに近づいてくるニナには、顔を見られたくなかった。
戦争なのだから、当然人が死ぬ。それを目の当たりにもするだろう。そう想像はしていたが、実際目の前で、知り合いの女性が簡単に人の首を刎ねるのを見ると、心穏やかにはいられなかった。
平然と人を斬るニナ。たった今の殺戮劇を、当たり前のように話す周囲の人々。
やっぱり、僕は異世界の人間だ。この人たちにとっての異世界。
「連絡は取れたのか?」
門から大通りへ続く道で、レナートは無神経に聞いてくる。答えられる状態かどうか、見てくれよ、と怒鳴りたくなる。
「大丈夫、手紙は出しました」
「手紙を出しただけ、とな?」
レナートの疑念に、タカシは彼に珍しく、いや最近珍しくもなくなってきたが怒りを込めて言った。
「もっと兵を貸してくださっていれば、安全に父と接触を果たし詳細を打ち合わせられたのですが」
嘘だ。
わざわざ苦労してゴンドーヌ領まで入ったのは、敵の目をあざむくためと、手紙を出すため。はなからモルグと会うつもりはなかったし、これに兵の多寡は関係ない。
最近、嘘をつき慣れた自分に嫌気が差すことがあるが、レナート相手なら平気だった。
「しかし、ご安心を。いざという時の行動は、以前から父と相談済みです。彼は来ます」
いつか、嘘をつく自分に嫌気さえも感じなくなるのだろうか。
普通のおじさんだと思って生活していたのだ、いざという時の相談なんて、なにもない。
いつの間にか、リョウがタカシのかたわらに来て、レナートの後ろにいるメッシへ笑いかけていた。
「馬が五十だ。タカシのやったことに文句があるかよ?」
馬を騎兵として使うためには、特殊な訓練が必要だ。その、特殊な訓練がほどこされた騎兵用の馬が五十。籠城する人間にとって喉から手が出るほど欲しいもの。
「はなからタカシに百の兵をつけてりゃあ、二百の軍馬が手に入ったかもしれねぇ。なぁ、メッシ記録官さんよ」
メッシは仏頂面で、軽く頭を下げた。
「タカシ殿の無事のご帰還、我が軍の曙光となりえましょう」
意味はわからないが、なんだかイヤな言い方だと本能が囁く。
「キザったらしいいやな言い方だぜ」
囁きの主は隣の本能だったと気付いた。
タカシは、最も言わなければならない一言を、言うべき時だと感じた。
「結果は見せました」
レナートとメッシの顔がにらめっこする。
「前もって言っていた通りの戦果を、ここにあげました。一兵の損失もなく、乗騎を得る。これで、私の力量を認めていただけますか。私の作戦を」
「一人足りないが」
「一人、山奥の村に残しました。父が到着しだい狼煙を上げるよう指示しています」
レナートが、なぜか恐る恐る言った。
「『マムントンの奇跡』という前例もあるからな、なんとかなるかもしれんな」
なんだ?マム・・・・・・
聞きなれない言葉を聞き返そうとして、その間もなくメッシが割り込んできた。
「確実に勝てるのだな」
「私の作戦通りに動くのであれば、間違いなく。敵の司令官とも会いましたが、ことなかれ主義の愚か者。あれが指揮するのであれば、たとえ倍する兵とてレイナルト・メッシ殿の敵ではないでしょう」
ハンパでなく有能と思えるあの司令官を、わざわざ嘲笑ってみせる。会見では怒りを感じたが、どちらかと言えば、メッシなどよりずっと好感が持てたはずの男へ、内心で謝りながら。
メッシは笑った。
「なぜ私の名を知っている?」
タカシは、顔色が変わらなかったか恐れた。
「父に聞いたことがあるのです。それを思い出しました。故国の風の匂いを嗅いだせいでしょう。ローデシア王国軍にその人ありといわれたメッシ殿」
「おだてるのが下手だな」
しかし口元がだらしなく緩んでいる。武神の口から自分の名前が出たことが嬉しいのだろう。
タカシはこっそり嘆息した。